座談会消化管ホルモンの最前線 ~消化管ホルモンから全身を診る~
消化器領域は他領域との連携をどのようにするとよいのか?
- 猿田:
- 坂本先生から代謝領域の肝臓病学と消化器病学との連携はいくつか進んでいるというお話がありました.実際には他科との連携をどうすればよりよい形に進めるのか,またどこに研究のシーズがあるのかと悩んでいる若手の先生も多いと感じます.坂本先生,そのあたりについて何かご助言いただけますか.
- 坂本:
- 循環器の基礎研究や臨床にも少し携わったことがありますが,代謝領域では,患者さんの食生活の乱れによって生じる交絡因子がきわめて多いことで研究が進みにくい面があります.また,糖尿病患者さんは体重やトランスアミナーゼの年間の変化をみることが重要です.生活習慣の乱れと脂肪肝が関係していることも分かってきています.血糖値を下げること自体は簡単になってきている一方,未解明の残存リスクとしては脂質異常症のほか脳機能,自律神経障害などがあります.われわれは患者さんに対して単に「食事制限を頑張ってください」などと言いがちですが,実際は薬剤のメカニズムや体重・消化器機能の変化から遺伝的なものまでさまざまな要因が潜んでいると思います.しかし,そこはほとんどブラックボックスなので,とくに日常臨床と非常に近い疑問に対しては,過去のビッグデータの活用のほか,消化器領域の先生方と一緒に研究を進めてデータを取っていき,フィードバックすべきだと思います.
- 猿田:
- たとえば飲酒習慣のある方は中性脂肪の数値もかなり高くなることがあるものの,どの程度の飲酒が増加の要因となるかなどはしっかり把握できていません.ですから,そういったデータの取りまとめを一緒におこない,検討することも必要ですね.
- 鈴木:
- 脂質の吸収に関して,最近,腸管内での胆汁酸や腸内細菌が影響を与えていることが分かってきました.実は腸管運動のよし悪しによって腸内細菌の組成も大きく違ってくることがあり,そこも強く関係していると思います.たとえばSGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬を使っていて腸管運動レベルも低下しているという場合,small intestinal bacterial overgrowth(SIBO)が起こる可能性があります.そういった,腸管内容物の流れと停滞のバランスを制御し,健全な腸内環境を設定できなければ,最終的に疾患制御・予防には至れないわけです.
ガストリンとは何か
- 猿田:
- 胆汁酸の再吸収を阻害させ,それを下剤として応用するという薬剤も登場してきている一方,胆汁酸の減少に伴い脂質の代謝はどうなるかなど,まだまだ疑問はつきませんね.さて最近,胃酸に関してカリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)を服用しつづけるとガストリン値がかなり高くなるという報告6)がありますが,実際それが臨床的に悪影響を及ぼすのか,まだ不明なものも多いです.鈴木先生,胃酸とガストリン値,そして酸分泌抑制薬であるプロトンポンプ阻害薬(PPI),P-CABがよく使用されている現状について,とくに胃の代謝に関連させてお話をいただくことはできますか.
- 鈴木:
- ガストリンは幽門前庭部におもに存在するG細胞から分泌され,胃酸分泌を亢進させるはたらきをします.ガストリンが消化管で胃酸分泌を一気に増やすと胃内容が充満し,胃が膨らむ形になり,結果として胃運動が抑制されます.たとえばPPIを服用していてガストリン値が高い場合には,酸分泌は抑制されているので胃の充満は起こらないので,胃運動はあまり抑制されません.とくにP-CAB(ボノプラザンフマル酸塩)を服用している患者様の内視鏡時には胃液がほとんどたまっていないことを実感します.つまり,酸分泌抑制薬服用下では,胃のボリュームが非常に小さくされているといえます.また,ガストリンは胃のボリュームが増えたことで逆流しやすくなる状態を抑制するために,下部食道括約筋を収縮させる作用もあります.ガストリンは,酸分泌と消化管運動を制御することで,胃の消化活動を助けるホルモンとしての役割があります.
- 最近,PPIやP-CABなどの使用機会が多くなってますが,酸分泌抑制薬の長期使用に伴う高ガストリン血症が懸念されています.図❶をご覧ください.たとえば胃の酸分泌は脳相,胃相,腸相と,時間的空間的に区分されます.脳相はまだ食前の,摂食中枢を刺激する段階であり,低血糖やグレリン刺激,さらにモチリン刺激などが関係してきます.基礎酸分泌が起こった後,食物が入ってくるとG細胞からガストリンが分泌され,壁細胞のガストリン受容体を刺激します.ガストリンはそれと同時に主細胞も刺激してペプシノーゲン分泌を刺激します.壁細胞上でガストリンがヒスタミンやアセチルコリンと協調して酸分泌を亢進させる機序は古くから知られていますが,壁細胞でPPIやP-CABといった酸分泌抑制薬が作用すると酸が抑えられるとともに,低酸を感受してG細胞からガストリンが産生されます.つまり,酸分泌抑制薬の影響でガストリンが増えているのではなく,酸の減少を感受したことにより,今度は酸を増やすためにガストリン分泌が増加しているわけです.そのため,強く酸を抑える薬はより高いガストリン値になるので,従来のH2受容体拮抗薬よりPPI,そのPPI(旧来型PPI)よりも酸分泌抑制力の強いP-CAB(ボノプラザンフマル酸塩)であれば,理論的にはもう一段階,ガストリンレベルも高くなると考えられます.PPIの服用ではガストリンの血中濃度が数百程度になる一方,P-CABを長期服用した場合にはさらに1桁高くなる可能性もあります.これは壁細胞が自己免疫機序で破壊されているA型胃炎患者のガストリン値とほぼ同程度になります.ガストリンには細胞増殖促進作用があり,腫瘍があればその増殖を促進してしまうのではないかという懸念が理論的にはあるわけです.さらに,ガストリンが,カルチノイドなどの神経内分泌腫瘍を発生させる可能性も懸念されています.酸分泌抑制薬の長期投与なども含め,高ガストリン血症に留意することは重要ですが,実際に,それが原因で悪性腫瘍が発生するという直接の因果関係は認められていないのも現実です.
- 猿田:
- ホルモンは各臓器でさまざまな作用をしているので,ある一方向を制御することで,それがまた新たな問題を生んでしまわないかを検討する必要もあると思います.たとえば抗凝固薬や抗血小板薬などを服用する患者では消化管出血の予防策としてPPIかP-CABを併用しますが,このPPIやP-CABの長期間服用がホルモンの量か作用に変調をきたして,新たな危険因子とならないかなども注目していく必要がありそうですね.