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座談会消化管ホルモンの最前線 ~消化管ホルモンから全身を診る~

アドレノメデュリンのIBDへの応用

猿田:
循環器で研究されているペプチドホルモンのアドレノメデュリン(adrenomedullin:AM)が消化器病学の領域でもトピックスになっています.北村先生のAMを用いた炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease:IBD)に対する研究には,われわれも治験に協力させていただきました.AMと消化管運動や炎症との関連性,そしてIBDに関連する治験をおこなうこととなった経緯などをお話いただけますか.
北村:
AMは52個のアミノ酸からなる生理活性ペプチドです.1993年に血小板のcAMP増加を褐色細胞腫から発見し2),その強力な血管拡張作用があったことから,最初の10年程度は循環器疾患治療薬として利用できないか研究していました.しかし,研究を進めると抗炎症作用や臓器保護作用,組織修復作用が明らかとなり,IBDのモデルに投与してみると明確な効果があったのです.その後,IBD患者では劇的な効果を示したので,IBD治療薬としての開発をはじめました.AMは,血管平滑筋においてはcAMP依存的に血管拡張を起こす一方,血管内皮に対してはNOを増やすことで血管拡張を起こすといわれています.消化管の平滑筋に対してもcAMPを増やし,消化管運動に対して抑制的にはたらきます.AMが発現抑制する分子と,AMの発現を亢進させる分子を表❶にまとめています.IBDにおいては,cAMP依存的にNF-κBの核内への移行を抑制することで炎症性サイトカインを抑制し,CREBを介して抗炎症性サイトカインを促進します.消化管におけるAMの作用としては,ほかに粘膜上皮や細胞接着の修復作用があり,組織修復作用に関しては血管の新生作用や機能改善作用もありますが,腸管上皮の恒常性維持や再生機能が大事だと考えています.機序は完全に解明されていないものの,cAMP依存的にミオシン軽鎖を介する,あるいは接着因子を増加させることで効果を発揮すると考えています.
循環器領域におけるAMの意義として,たとえば心不全患者さんなどではANP,BNP,AMが増えている状態にありますが,これは病態に対して代償的に増加して循環動態を改善するようにはたらくと考えています.そこでANPを投与することが心不全の治療につながりますが,IBDでも代償的にAMが増えていると考えられるので,AMの投与により治療ができると考えています.実際,潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis:UC)患者にAMを投与した研究では完全寛解になることが明らかとなりました.その後,ステロイド抵抗性のUCに対して,3用量でダブルブラインドの試験をおこなったところ,8週後のMayoスコアの変化量に関して非常によい結果が得られました.高用量投与では半分の患者さんが完全寛解し,Mayoスコアが0になっています3).ただ,AM投与が有効な患者さんとあまり効果のない患者さんがおり,今後AMの研究開発を進めるなかで,AM投与が適する患者を明確にしていく必要があります.クローン病(Crohn's disease:CD)の臨床研究でもよい結果が得られたので治験を実施したところ,投与8~12週後には状態に改善がみられました4).一方で,1日8時間持続投与する必要があり,UCは2週間,CDは1週間の入院となるため,利便性がよくないことが開発のネックとなっています.

表❶AM が制御する分子ならびにAM 発現を制御する分子

AM 発現を制御する分子の表画像

AM は催炎物質・刺激により発現が増加し,増加したAM が炎症を抑制する方向に作用

猿田:
AMはPEG化された製剤でしょうか.
北村:
AM自体はPEG化されてはおりませんが,AMをPEG化することで利便性が向上します.これは他の領域の医薬品などでも多く用いられる方法です.AMのN末端にPEG基を連結した製剤,PEG化AMを開発しました.これをIBDのモデルに投与すると用量依存性の明確な効果が得られたので,現在開発を進めています.
猿田:
われわれ消化器内科医が血管拡張などの作用があるホルモンという認識程度しかもっていなかったAMが,ここまで難治状態の患者さんを治療できたので衝撃を受けました.かつて,漢方薬の大建中湯が,CDにおいてAMを増やすことで消化管運動や腸内環境がよくなり病態が改善するという報告5)は知っておりましたが,今回改めて,注目される物質なのだと思いました.鈴木先生はこの結果を聞いていかがですか.
鈴木:
これほどの有効性には大変驚きました.北村先生がおっしゃられたように,入院患者さんに長時間使用する必要があると,ペプチド製剤などでは半減期の問題もあり現実的ではないのかと思っておりました.ペプチドホルモンであるグレリンについては,グレリン様作用薬としてがん悪液質の治療薬としての経口薬があります.北村先生は,このAMをPEG化されていますが,それによる最大のメリットはどのようなことが考えられるのでしょうか.
北村:
受容体に対する親和性はPEG化することで,1/10~1/30程度まで落ちてしまうものの,PEG化により半減期が長く,かつ血中濃度も100倍~1000倍以上と非常に高い状態になります.AMの半減期は10~20分で長くても30分程度ですが,PEG化により数日程度まで延びるため,治療薬として週に1回程度の頻度で使えそうだと考えており,現在海外でPhase 1の治験をしています.
鈴木:
通常,UC患者様はお若い方も多く,可能なかぎり通院頻度が多くない治療を希望されることが多いので,その点は重要だと思います.
猿田:
AMの半減期が短いのはなぜですか.
北村:
受容体が過剰状態にあるので,血中に投与するとほとんど肺でトラップされてしまうのが一番の理由だと思います.そのほか,プロテアーゼにより代謝もされることも半減期が短い理由です.また,AMの強力な降圧効果はIBDやほかの慢性炎症性疾患に応用する場合には少し障害になりますが,これもPEG化することで解決されています.
猿田:
確かにUC患者さんのなかには慢性貧血の患者さんもおられるので,強すぎる降圧効果はふらつきの問題を生じるかもしれませんね.ところで,この薬剤は持続で点滴したときに頭痛や頭重感といった副作用があったと伺っておりますが,そのあたりはいかがですか.
北村:
副作用として血管拡張による頭痛はありますが,我慢できないような痛みが出ることはあまりないので重篤な副作用ではありません.

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