WHO(世界保健機関)が2002年に定めた定義によると、緩和ケアとは「生命を脅かす疾患に伴う問題に直面する患者と家族に対し、痛みや身体的、心理社会的、スピリチュアルな問題を早期から正確にアセスメントし、解決することにより苦痛の予防と軽減を図り、生活の質(QOL)を向上させるためのアプローチである」とされています1)。
“ホスピスのこころを大切にする”ことを理念のひとつに掲げ、2001年に緩和ケア外来を、2003年に緩和ケア病棟を開設するなど早くからこの領域の医療に力を入れてきた札幌南徳洲会病院においても、WHOの定義に従い、患者さんの生活の質を維持・向上させることに主眼を置いて緩和ケアに取り組んできました。
透析患者さんのうち、私たち緩和ケアチームがサポートしているのは、悪性腫瘍を併存している場合です。患者さんが緩和ケア外来を受診されたときから、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)を行いながら心身の苦痛を緩和していきます。
ACPとは、人生の最終段階における医療やケアについて、事前に患者・家族、医療従事者が話し合うプロセスのことです。①本人の意向を確認したうえで、家族・友人とともに話し合うこと、②本人の同意のもと、話し合いの内容は記録され、定期的に見直され、ケアにかかわる人々と共有されることが望ましい、③ACPの話し合いについては、本人の気がかり、重要な価値観やケアの目標、病状や予後の理解、今後の治療やケアに関する意向と実現可能性の内容を含む、とされています2)。
当院においてもこの指針にもとづいてACPを行い、その内容はカンファレンスなどを通して、患者さんのケアにかかわるチームで共有しています。病状の変化などにより、本人や家族の気持ちが揺れ動いているような気配を、日常診療など普段のかかわりの中で察知したときは、すぐに話し合いの場を設けるようにしています。ACPにおいては、外来・入院を問わずタイムリーに行っていくことが肝心です。また、自分や大切な人の命がかかった決断となると、気持ちが揺れ動くのは当たり前ですので、患者さんや家族の気持ちに寄り添い、一緒に悩みながら支えていくことが大切です。
緩和ケアは多職種によるチーム医療が基本です。透析患者さんで悪性腫瘍を併存する場合は、緩和ケアチームに、透析チームも加わるのが望ましいです。当院では、緩和ケアチームが開催するカンファレンスには、透析チームからも看護師が参加し、患者さんに出現している苦痛を中心に診療情報を共有して、これらの苦痛を緩和する方法について話し合い、透析治療に反映できるものは対応してもらっています。
さらに、患者さんの苦痛をできるだけ緩和するには、カンファレンスだけでなく日常診療においても、積極的にコミュニケーションをとり診療情報を共有することが重要です。例えば、透析チームからドライウェイトなど透析治療のデータに加え、透析中の患者さんの様子についても具体的に教えてもらえると、透析治療が体の状態や身体的苦痛に及ぼす影響について、緩和ケアチームでも検討しやすくなります。
また、当院透析チームの千田はるか看護師によると、緩和ケアチームがかかわることで、自分たちのケアが深まるといったメリットがあるとのことです。例えば、呼吸苦のある患者さんへの適切な姿勢のアドバイスを緩和ケアチームが行うことで、透析中も安楽な状態を提供することが可能となり、透析治療を継続できたといった事例がありました。
このように当院では、緩和ケアチームと透析チームが緊密に連携しながら、悪性腫瘍を併存する透析患者さんに対する苦痛の緩和に努めています。しかしながら、病状が進行することで透析治療を見合わせなければならない時期が必ずやってきます。病状の進行においては、それが慢性腎不全によるものなのか、悪性腫瘍によるものなのか、判断が難しい面もありますが、倦怠感や食欲不振などが続いたり意識レベルが低下してきたりして、起き上がれなくなってしまったような状態になると、透析の見合わせを検討することが多いです。
長期間にわたり透析治療を続けてきた患者さんや家族は、この決断が死に直結することを理解されています。そのため、どんなに体がつらくても最後まで透析治療を続けたいと希望する患者さんや家族もいます。一人ひとりの価値観や想いは異なるので、そこをしっかり拾い上げてサポートすることが大切です。
厚生労働省では「人生の最終段階における医療・ケアの決定に関するガイドライン」を作成しており、意思決定支援や方針決定のプロセスについても示しています(図)。
私たちも、透析の見合わせについて話し合うときは、この流れにしたがい「本人の意思が確認できる」場合と「本人の意思が確認できない」場合を分けて対応しています。このガイドラインのベースにあるのはACPの考え方で、いかなる場合においても本人の意思が最優先されるため、認知症などで本人の意思が確認できないときも、家族や周りの人に「患者さんだったらどう思うでしょうか」「以前はどのようなことを希望されていましたか」など、本人の意向を思いはかるような確認を繰り返し、家族とともに意思決定していきます。元気だった頃に家族とACPのような話し合いをされている患者さんもいるので、家族からの情報はとても貴重です。
こうして透析治療を含め、人生の最終段階における医療・ケアの方針が決まった後も、多職種チームによる緩和ケアの提供は続きます。このかかわりの中でも私たちが大切にしているのは、「患者さんが望んでいることを最優先し、最後までその人らしく生きることを支える」ことです。とはいえ「その人らしさ」を支援することは難しく、容易ではないからこそ多職種でかかわり、患者さんにとって何が最善なのかをみんなで考えることが必要だと思っています。
多職種チームには「音楽療法士」や「臨床宗教師」といった緩和ケアならではの職種も参加しています。こうした専門家の力も借りながら、最後まで心穏やかにその人らしく過ごせる環境づくりにも心を砕いています。
一方、この段階になると、家族に対する心のケアも一層重要になってきます。コロナ禍の現在、院内感染防止対策のため、入院患者さんは外泊・外出ができなくなり、家族との面会時間・回数も制限されています。このような制約がある中、家族と一緒に過ごす時間をどのように確保していくのかということが、緩和ケアの現場にも問われています。
当院では、面会制限によって患者さんに会えない場合は、医師から家族に対して病状の説明をしたり、看護師や医療ソーシャルワーカーが患者さんの様子を伝えたりしています。そのやりとりの中で、家族が現状や将来についてどのように感じているのかを聞き取り、患者さんの意向を尊重しながら家族が不安に感じていることも軽減されるようサポートしていきます。また、死期が近づいてきたら面会制限を一部解除し、患者さんと家族が一緒に過ごせる時間を優先します。
透析患者さんの高齢化に伴い、患者さんが腎臓病以外の疾病で人生の最終段階を迎えることや、透析治療の継続を見合わせるケースに遭遇することは、今後さらに増加してくると思います。どのようにサポートしていけばよいのか迷ったときは、ぜひ緩和ケアチームと連携し、透析チームも最後までその人らしく生きることを支えてくださることを願っています。
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