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CKD重症化予防に向けてー長野県松本市の取り組みに学ぶー

上條 祐司 先生 松本市糖尿病性腎症・CKD 対策委員会 副委員長 信州大学医学部附属病院 腎臓内科 診療教授
国では新規透析患者を減らすために目標値を掲げ、透析導入の原因疾患の第1位である糖尿病性腎症の重症化予防対策を重点的に進めてきました。しかし、この対策だけでは不十分で、CKD(慢性腎臓病)に対しても同様の取り組みが開始されています。そこで、予防の対象をCKDにも拡大し、地域のかかりつけ医と連携しながら、ハイリスク者を掘り起こし専門医が早期介入する仕組みを作り上げた長野県松本市の好事例について、信州大学の上條祐司先生に解説していただきます。

かかりつけ医と緊密に連携し
CKDのハイリスク者を掘り起こす

長野県松本市では、2019年4月より松本市地域包括医療協議会事業として「松本市糖尿病性腎症・CKD(慢性腎臓病)重症化予防プログラム」を実施しています。このプログラムの大きな特徴は、糖尿病性腎症だけでなくCKDも対象としていることです。CKDにおいては、高度腎症になってから腎臓病専門医に紹介されるケースが後を絶たないことが、以前より問題視されてきました。そこで、本プログラムでは対象者を拡大し、地域のかかりつけ医(診療所医師)が診ている患者の中から、腎臓病のハイリスク者を掘り起こし、早期から専門医が介入することで重症化を防ぎ、新規の透析導入患者を減らすことを目的としました。また、健診結果などのデータ分析に基づき、効率的かつ効果的な保健事業を展開するデータヘルス計画の考え方を基本にしていること、行政とも緊密に連携しPDCAサイクルに則って運用していることも特徴のひとつです図参照

運用にあたっては、熊本県などの先行事例で、かかりつけ医がアクションしやすいプログラムでなければ普及しないことがわかっていたので、腎臓病専門医、診療所医師、薬剤師、栄養士、行政職員らで組織される「松本市糖尿病性腎症・CKD対策委員会」(以下、対策委員会)を設置し、患者抽出基準をはじめ、病診連携基準(紹介基準・逆紹介基準)、生活指導内容などについて協議を重ね、あらかじめ明確なルールを設定しました。さらに、啓発活動、各施設への案内、参加施設に対する病診連携説明・連携指導などについても話し合い、手法と手順を決めていきました。

このような準備期間を経てプログラムを開始し、2019年12月までの9か月間で120名の患者が、地域のかかりつけ医から大学病院や総合病院の腎臓病専門医に紹介されました。初年度の紹介患者数は70~80名を見込んでいたので、予想を大きく上回る実績となり、好調なすべり出しとなりました。この成功を導いたのは、かかりつけ医の目線になって使いやすい仕組みを作り上げたことによるところが大きいですが、地域の新聞社が本プログラムの新規性を認め、紙面で大きく取り上げてくれたことも多くの患者への啓発につながり、よい影響をもたらしてくれたと感じています。

糖尿病の有無とは関係なく
蛋白尿に着目し対象者を抽出

このプログラムの運用を担う対策委員会では、PDCAサイクルに基づき昨年のデータ分析を行いました。その結果、紹介される患者の基礎疾患は、4対6の割合で糖尿病性腎症よりCKDのほうが多いことが判明しました。糖尿病性腎症は重篤化しやすいため、重点的に重症化予防対策が行われてきましたが、CKDに対する病診連携の要望もかなり高いことが分かりました。

糖尿病性腎症でもCKDでも蛋白尿の数値が高い人は予後が悪いため、腎臓病専門医に紹介する対象者になり得ます。このデータ分析でも紹介患者の約半数に0.5g/gCre以上の高度蛋白尿がみられました。腎臓病専門医に紹介する対象者を抽出する際には、糖尿病の有無とは関係なく、蛋白尿の高値に着目することが重要と考えます。

一方で、対策委員会で行ったアンケート調査によると、かかりつけ医の多くは、体調不良時や腎機能が悪化しないと尿検査を実施しない実態も明らかになりました。しかし、患者が気づかないうちにCKDは進行していくため、この検査方針では潜在的なハイリスク者を早期に発見することができません。本プログラムの昨年のデータ分析によると、病態精査が必要な患者は全体の約3割、腎生検が必要な患者は約1割いることもわかりました。腎生検は腎萎縮が進行していると施行できないので、腎生検が可能な早期の段階で紹介していただくことの重要性が再認識されました。

そこで、対策委員会では協議のうえ、本プログラムの2020年度の改善点のひとつとして、糖尿病やCKDの診療では、無症状でも定期的(3か月に1回程度)に尿検査を実施し、蛋白尿の状態を評価すること、それにより尿蛋白陽性者・腎機能低下者が見つかった場合は積極的に専門医に紹介することを推奨し、かかりつけ医に周知しました。また、糖尿病専門医とも協議し、糖尿病患者に対しては早期から薬物介入をすることにしました。基礎疾患に生活習慣病がある場合、生活指導を優先されることが多いものですが、そうした投薬のない患者では治療中断例が目立っていたからです。

さらに本プログラムでは、行政における保健指導は「受診勧奨」に注力する体制をとっていたものの、要治療者の3割は受診につながっていないことがわかりました。受診勧奨の方法を工夫することも今年度の課題のひとつです。

重症化対策の普及と病診連携で
地域の診療レベルも向上する

かかりつけ医にとって腎臓病専門医に紹介するメリットは、実例を通してCKD診療のポイントを学べることです。昨年のデータ分析では、紹介患者の約8割はかかりつけ医中心の加療で十分という判断になりましたが、約2割は専門医による加療が必要であり、ハイリスク患者は相当数に上ります。また、治療内容(特に投薬)の調節が必要な患者も全体の5割強を占めており、専門医からのアドバイスを受けた例は少なくありません。腎臓病専門医との連携が日常診療に役立ち、自分がサポートしている患者の検査数値や病状がよくなっていく実感をかかりつけ医に持ってもらうことが、本プログラム普及のカギを握っており、そのためにはかかりつけ医に満足してもらえる病診連携体制を構築していくことが肝心です。ひいてはそれが地域全体の診療のレベルアップに貢献すると考えています。

本プログラム初年度の実績を総括すると、いくつかの課題点はあるものの、かかりつけ医から紹介基準に合致する症例を予想上に紹介していただき、腎臓病専門医による精査・加療もハイリスク者に集中的に実施されていて、重症化予防の目的は達成できていると評価しています。今年度は、松本市の取り組みを長野県全域に拡大するための予算を確保し、県レベルのCKD対策会議を新設する予定でしたが、新型コロナウイルス感染症の影響により8月末現在、計画は停止状態です。

しかしながら、日本腎臓病協会では厚生労働省とともにデータヘルス計画に基づいたCKD診療連携構築モデル事業を推進しており、同協会では各県の好事例を共有し、効率的で有効性の高い仕組みを開発して全国に均てん化していく活動が始まっています。長野県もこの事業に参画し、国が掲げた「2028年までに新規透析導入患者数を3万5000人以下に減らす」というアウトカムに向かって、コロナ禍にあってもその歩みを止めることなく、今できることから着々と進めていきたいと考えています。

図:松本市糖尿病性腎症・CKD重症化予防プログラムの仕組み

※WEBにて取材を行いました(2020年8月)。

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