患者さんの療養支援で心がけていることやコミュニケーションの取り方,
患者さんが受診したくなるような工夫,心に残ったエピソードなど,日頃の実臨床での様子を伺いました。
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天川 淑宏 先生東京医科大学八王子医療センター
糖尿病・内分泌・代謝内科
理学療法士、日本糖尿病療養指導士、健康運動指導士 -
略歴
群馬県出身。早稲田大学社会科学部を卒業後,西武鉄道株式会社でアスレチックトレーナー,スイミングインストラクターを担当。社会人研究生として,筑波大学体育専門学群で水(プール)を活用したコンディショニングプログラムを研究。昭和63年,健康運動指導士を取得。その後,健康運動指導士の有志と「糖尿病の運動指導研究会」を発足。茅ヶ崎市笹井医院で糖尿病運動指導に携わる。平成15年より現職。糖尿病患者の運動療法をココロとカラダの両面からアドバイスする「アーサイト」を提唱。趣味はスポーツ全般。全日本スキー連盟公認準指導員。
第1回
動かない人をいかに動くようにするか
安全で効果的な運動療法を一緒に取り組みませんか?
「運動」との関わりは,アスレチックトレーナーとしてスポーツ選手のリコンディショニングを担当したことがきっかけです。運動プログラム作りのなかで,水(プール)を活用すると,同じ動作でも陸上より水中で行ったほうが,エネルギー消費量が多いので中高年や肥満の人に効果的で,筋肉への負担も少ないため膝や腰に痛みを抱えている人にも適していることを知りました。そうしたことから,スポーツとは違う健康増進を目的とした運動に興味を持つようになり,昭和63年,第2期生として健康運動指導士を取得しました。
平成8年に「高血圧症患者に対する運動療法指導管理料」の告示が出されたので,運動療法に取り組む絶好のチャンスと思い,神奈川県内の約300件の医療機関を「運動療法を取り入れませんか」と勧誘して回りました。しかし,告示を知っていたのはわずか1割。そのなかで糖尿病内科クリニックの笹井信夫先生が最初に興味を持ってくれました。笹井医院で運動指導に携わることになり,患者さんから「運動するといいんだね。体が楽になった」と笑顔で応えてもらえることが嬉しかったですね。その一方で,膝や腰の痛みを訴え,運動器に問題のある糖尿病患者さんが多いことも知りました。動きたくても痛みがあって動けない患者さんに「運動してください」と言うだけではなく,患者さん一人ひとりに寄り添う指導,運動器へのアプローチも必要と実感して,理学療法士の資格を取得しました。
運動の専門家が糖尿病内科にやってきた!
当科では,糖尿病の合併症・重症化予防として運動療法に取り組んでいます。身体機能の回復を目的としたリハビリとは異なります。また,公的医療保険では運動療法単独での指導管理料はありません。私が当センターに着任した当時,糖尿病・内分泌・代謝内科の教授でいらした植木彬夫先生から「医師が運動処方を出さなければ患者さんに運動指導はできないが,医師は具体的な運動のことを知らない。君が運動の専門家として私たちと一緒に療養指導することで,医師やメディカルスタッフ,患者さんも運動に興味を持つでしょう」との訓示を受けました。まさしく「多職種連携」による療養支援です。
運動指導を始めた当初は,成果を出すのは難しいと思っていました。入院患者さんはほとんど動きません。病室を回って一人ひとりに声をかけても「運動はね…」と敬遠されるばかりでした。植木先生からは「糖尿病患者さんは運動しようと思わない。動かない人をどう動くようにするか,それが君の仕事だよ」と言われました。
体だけでなく,心を動かすことが僕の仕事
約20年間,週1回「体を知る教室」と称して,午前は座学,午後は運動を実践する日を設けています(現在はCOVID-19感染予防のため一時中止)。私が着任して2年後,看護師から「最近は病室に行っても患者さんが運動しに出ていていないのよ」と言われ不満を口にしたのかと思いましたが,そのあと「いままでは糖尿病患者さんはベッドでゴロゴロしていたのに,最近,自分から動くようになったの。先生は患者さんの心を動かしたのね」と言われたことは,いまでも忘れられません。
これまで多くの糖尿病患者さんを診てきて,運動を通して糖尿病治療に対する患者さんの気持ちが変わっていくことを経験しています。「体を動かしたいけれど痛くて動かない患者さんもいる。そうであれば,体と心を動かすことが僕の仕事なのかな」と考えるようになりました。
座りっぱなしにならない,ちょこちょこ動くことが運動になる
「体を知る教室」で最初に話すのは,「糖って何してる?」,「糖の流れ」,「その糖はどこで活躍してるの?」といった体と糖の仕組みです。そして,普段の生活で「運動不足」になっていることを気づいてもらう。たとえば,以前はチャンネルを変えるためにテレビまで動いて行っていたのが,リモコンの登場で足と体を動かさなくなったことで,筋肉で糖が使われない状態に変わったことをお話します。そして,座りっぱなしにならないように意識して動くこと,たとえば歩数計を用いて患者さん一人ひとりに適した歩数,運動の強さを知ってもらいます。
この教室に参加した70代の患者さんのご家族から頂いたお手紙は,いまでも大切な思い出です。「妻が退院する前にすべてのリモコンを所定の位置に置くようにしました。入院前は台所に立つことすら辛かった妻が,退院してからは美味しい味噌汁を作ってくれるようになりました。ちょこちょこ動くことが運動になることを教えてくれた先生に感謝します」。そして,患者さん本人からは「退院祝いに夫から歩数計をプレゼントされ,これからは歩かなきゃいけないなと思って家に帰ったら,リモコンの位置が変わっていて,何とも暮らしにくい部屋になっていました。でも家でも動くと歩数が増えることが嬉しい」と,動くことの大切さをご夫婦で実践されていることが伝わる,微笑ましい後書きが添えられていました。
(次回は,「動きたくなるココロがカラダも動かす:実践と工夫」についてご紹介します)