スポーツにおけるドーピングは古くは1865年から行われ、かつては死亡例も報告されています。オリンピックでは1968年からドーピング検査の実施が開始されたものの、競技種目や国によってルールにばらつきがあり、禁止物質も定まっていませんでした。その後、1999年に世界アンチ・ドーピング機構(WADA)が設立され、オリンピックのみならず競技種目、国や地域を超えた横断的な協働関係が構築されました。2001年には日本でも日本アンチ・ドーピング機構(JADA)が設立され、国内のドーピング検査、教育・啓発活動など、世界標準のアンチ・ドーピング活動を可能とする体制が整備されました1)。
ドーピングには、身体機能を高めるために禁止物質を故意に摂取する場合と、禁止物質を意図せず摂取してしまう、いわゆる「うっかりドーピング」とがあります。とくに後者について、医師が介在しないOTC医薬品や、サプリメントなど健康食品の適切な情報を提供しアドバイスできる立場として薬剤師は期待されており、2009年にはJADAによる公認スポーツファーマシスト認定制度が発足しました。
2020年4月1日時点で10,211名の薬剤師が認定されています1)。
小関恭子先生が勤めるみやび薬局は埼玉県の熊谷市にあります。同市は「日本一暑い街」として知られるとともに、ラグビーのワールドカップ開催をはじめさまざまなスポーツ活動に“熱い”土地柄で、アンチ・ドーピングや医療・薬学的見地からスポーツ支援が求められる機会も少なくありません。小関先生は、埼玉県スポーツ協会のアンチ・ドーピング専門部会で公認スポーツファーマシストとして地域と関わっています。
具体的な活動としては「主に埼玉県の代表として、毎年開催される国体に参加する選手を対象に、専門部会に所属する医師や薬剤師が服用薬調査を行っています。医師の問診票をもとに、飲んでいる薬やサプリメントをチェックしていきます」(小関先生)。アンチ・ドーピング以外のスポーツ支援活動としては、埼玉県バレーボール協会の医科学委員会でトレーナーやスポーツドクターと連携して研究や調査活動を行っており、得られたデータを冊子(図1)にまとめて関連団体に配布や販売もしています。
「アンチ・ドーピング活動としては、薬剤師会でホットラインを設けてアスリートに情報提供しています。これは全国の薬剤師会で実施していますが、アスリートやトレーナーがそれぞれ相談できる団体やスポーツファーマシストを探してアプローチしているのが現状で、全国約58,000軒あるどこの薬局に行っても対応してもらえるというものではありません」と小関先生は、スポーツと薬剤師の関わりの現状を説明します。
埼玉県では2019年に、熊谷薬剤師会、埼玉県薬剤師会、日本卸勤務薬剤師会埼玉支部、朝霞市薬剤師会でアンチ・ドーピング研修を開催しました。この研修に先立つ2017年に、アンチ・ドーピングに関する知識と認識を埼玉県薬剤師会の薬剤師にアンケート調査したところ、スポーツファーマシストの認知度は71%と決して高いものではありませんでした。そこで、禁止物質の知識を有して東京オリンピックを迎えるために、①アンチ・ドーピングの基礎知識を習得し薬局業務に生かす、②『薬剤師のためのアンチ・ドーピングガイドブック』(図2)の設置数を増やす、③グローバルDRO(図3)の認知度を向上させる、この3点を目的に研修を実施することにしました。対象はスポーツファーマシストの認定資格を持たない薬剤師で、参加者は延べ194名。研修内容は、法規・制度・倫理・スポーツファーマシスト活動例・実務基礎を講義形式で行い、実務応用としてグループワークでガイドブックとグローバルDROを使って実際に禁止物質の検索を行いました。
「研修ではアンチ・ドーピングの基本を知り、検索に慣れてもらうことも目的のひとつでした。競技種目によって禁止物質が変わる場合もありますし、常時禁止されている物質と、競技会の時のみ禁止されている物質とがあります。例えばラグビーで、大会1日前に禁止されている薬物、といった条件をつけて検索してもらいました」(小関先生)。
参加した薬剤師は、研修前にはガイドブックの存在は知っていてもそれを活用した経験はほとんどなく、グローバルDROについての認知度も低い状態でした。しかし、研修によって薬剤師からの実際の問い合わせによい変化が見られました。「禁止物質について薬局で対応できない場合は、薬剤師会のホットラインに物質名を書いたFAXが送られ、薬剤師会の調査員が使用の可否を回答します。研修後には、自分でまず回答を作成したので正しいかどうか確認してほしい、というような問い合わせが増えたと聞いています」と先生は研修の成果を評価します。
この研修で講師を務めた小関先生に、スポーツファーマシストの認定資格を持たない薬剤師に期待する役割を聞きました。「アスリートがどこの薬局に行っても、アンチ・ドーピングに関してしっかり対応してもらえる、それが理想だと思います。しかしこれはもっと先の目標で、現状ではアスリートが禁止物質を摂取しない状況を作ってほしいです。もちろん、ドーピングはアスリート生命を左右することですので、安易な対応は避けなければなりません。しかし自分で対応できなければ、わからないで済ませるのではなく、スポーツファーマシストやドーピングホットラインを紹介するなど、確実な回答が得られるところにつなげることを目指していただきたいです」。
一方で小関先生は自らのスポーツファーマシストとしての抱負を語ります。「アンチ・ドーピングは競技水準が高いほど重要で、アスリート本人が知識をつけることでドーピングを避けることができます。でも現状では、アスリート側が相談できる相手を自分たちで見つけなければなりません。そこで埼玉県スポーツ協会では、アスリート個人のパフォーマンスを促進するため、スポーツとメディカルなど主要分野のスペシャリストとのネットワークを構築しているところです。例えば学校薬剤師と連携して才能のある若いアスリートの情報を収集し、早期のアンチ・ドーピング教育にもスポーツファーマシストとしてサポートができればと考えています。そのためには、コーチやトレーナーなどスポーツ関係者に、スポーツファーマシストの存在をもっと認知してもらう必要があります」。
日常の運動からオリンピック競技までスポーツへの関心が高まりを見せる今、ドーピング行為によってスポーツの精神やアスリートの健康が損なわれないためにも、身近な医療者である薬剤師が不可欠な存在として求められます。
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