夜間頻尿は「夜間に排尿のために1回以上起きなければならないという愁訴」と定義される。その病因には、多尿・夜間多尿、過活動膀胱などの膀胱蓄尿障害、睡眠障害の3つが挙げられており、日本排尿機能学会・日本泌尿器科学会編の『夜間頻尿診療ガイドライン第2版』でもそのような分類で語られている。しかも多くの場合、それらが複合的に病態を形づくっており、なかでも夜間多尿の頻度がもっとも高く、患者全体の約8割がこれに該当するとされる。
しかしながら長く臨床に携わってきて感じることは、一般の認識よりもはるかに多くの睡眠障害が夜間頻尿の背後に隠れているということである。あくまで経験値に過ぎないが、おそらく睡眠障害は膀胱蓄尿障害と同程度かそれ以上に多く、夜間頻尿の原因として存在すると考える。
とりわけ高齢者においては、睡眠の取り方に問題のある人が多い。加齢にともなう睡眠状態の変化はもちろんだが、そこには多分に睡眠の取り方に対する誤解があるように感じている。したがって、夜間頻尿を主訴として外来を訪れる患者にはまず“就寝時刻”を尋ねるようにしている。
実際、就眠の時間が早過ぎて夜中の2時、3時に目が覚めてしまい、すでに睡眠時間が足りているためその後も頻繁に目が覚めて、その都度トイレに行くという行動様式が常態化している高齢者は少なくない。こうしたケースを最初の段階できちんと除外することで、夜間頻尿も多尿もない人に対し、効果の望めない治療を漫然と行うリスクを避けることができる。
一方、就寝後1回目の排尿(第1排尿)までの時間が短いことでつねに不眠感を抱えている人など、睡眠障害が二次的に起こっているような場合には、積極的に夜間多尿や過活動膀胱などの治療を行い睡眠の確保に努めることが、大きな治療意義を持つ。薬物治療によって就寝後すぐの尿量を抑え、第1排尿までの時間が延長できれば、入眠直後の深い睡眠(徐波睡眠)を十分に確保できる。これにより夜間の排尿回数を減らせるだけでなく、日中の活動性が高まって生活の質(QOL)が向上するため、治療への満足度は増す。
まずは患者の話にじっくり耳を傾け、病態の背景をきちんと捉えること。ときには悩みに寄り添い、適切な介入方法を探っていくことが医師の重要な役割である。
すでに述べたように、夜間頻尿の3大病因は「多尿・夜間多尿」「膀胱蓄尿障害」「睡眠障害」である。我々はそれらに加え、第4の因子として「膀胱の吸収障害」の存在を提唱している。
そもそも、夜間多尿のある人とない人の間では“飲水量”や“飲水パターン”に大きな違いは見られず、問題となるのは夜間多尿の人に起こる“排尿量の昼夜逆転”現象にほかならない。つまり、夜間多尿の人は日中に体内に水分を蓄え、夜間に尿を産生して排出しているのである。研究の過程で、我々はその水が実は足に溜まっていることを確認している。その後の紆余曲折を経てたどり着いたのが、私自身も試験の実施にかかわった、渡辺らによる「睡眠時膀胱内尿量の定期測定:吸収を示唆する一時的な尿量減少」の研究1)である。
本試験では、膀胱尿管逆流や尿失禁の既往歴のない11~50歳の男女24名の健康なボランティアを対象に、3D超音波検査機器または自動容量記録計を用いて睡眠中の膀胱内の尿量変化を追った。このとき得られた知見は、“排尿しない限り、時間の経過とともに膀胱内の尿は増える一方”というそれまでの常識を根底から覆すものだった。
具体的には、就眠後の早い段階で機能的膀胱容量(FBC、日中に強い尿意を感じたときの1回排尿量でおおむね400mL)に達するが、その後は起床直前までほぼその水準を保ちながら推移するか、明らかな尿量減少が起こって膀胱内の尿量が調節されるという様子が観察されている。
つまり、膀胱が正常に機能している人においては、就寝後早期に膀胱内の尿量は日中に許容できる最大容量(FBC)に達し、そのままラインを超えて膀胱内の尿量は増えていく。しかしあるレベルに達すると、尿の吸収が起こって尿量の調節がはかられ、覚醒時膀胱容量(ABC)に達することなく睡眠が維持されると考えられる(図)2)。
ただ、超音波走査による測定は精度管理が困難なこともあり、この結果を疑問視する声は決して少なくない。そこで、この知見をより再現性の高い方法で検証すべく、ABSORB(吸収)試験を計画した。「就寝中に膀胱が尿を吸収して容量を調節することで睡眠維持に寄与することを証明する」ことを研究目的とし、できるだけ睡眠を妨げることのないよう、腎機能検査等で扱いに慣れており、安全かつ安定性の高い色素・インジゴカルミン(IC)を用いて、その濃度変化により膀胱内の尿量変化を観察する手法を採用した。
試験対象は、就寝中に排尿をしない20~40代の男女11名のボランティア。23時に延長チューブを接続した尿道カテーテルを留置し、膀胱を空にしたうえで生理食塩水で20倍に希釈したIC注射液20mLを注入して閉栓。睡眠深度を把握するために小型睡眠脳波計を装着し、水を300mL摂取してから23時30分に就床。2時から1時間ごとに膀胱内容液を5mLずつ採取した。
なお、ICの吸光度により尿中ICの希釈度が算出され、そこから推定膀胱容量を求めることができる。ICを用いた検査の精度については、自身が被験者となって実施した予備検討ならびにABSORBの被験者の起床直後の排尿量により確認を行った。
試験の結果は表の通り。11名中8名で推定膀胱容量の減少が観察されており、平均300~400mLの吸収が起こっていると考えられる。さらに、8名中7名がノンレム睡眠時、残り1名もレム睡眠時にそれらの現象が起きていることが確認されている。
このとき膀胱では何が起こっているのか ― 。我々はラットを用いた実験3)により、膀胱内に尿が充満してくると膀胱内皮に水分子を特異的に通す膜タンパク質:アクアポリンの発現が増すことを報告しており、アクアポリンを通して膀胱内の水分が血管に流れることで“吸収”が起こると説明づけることができる。
ABSORB試験の結果から、少なくとも尿意を感じず眠っている間に“膀胱が十分に脹らみ、血流が保たれていること”が、膀胱における水吸収を誘発する条件として挙げることができる。
したがって、膀胱容量が小さい、強い尿意や尿意切迫感ですぐ目が覚める、多尿により徐波睡眠が妨げられる、睡眠に問題があって眠りが浅いなど、夜間頻尿の病態においては、図に示された「吸収領域」まで尿が溜まらないうちに排尿に至っているものと考察される。
膀胱充満にともなう尿意により覚醒して排尿する「夜間多尿」、尿意切迫感のために覚醒して排尿する「膀胱蓄尿障害」、眠れなかったり頻繁に目が覚めてしまうため尿意を感じる「睡眠障害」 ― こうした従来の考えに、就寝中の膀胱における尿の吸収障害という概念が新たに加わることで、夜間頻尿の病態の捉え方が大きく変わり、治療の位置づけやアプローチの仕方に新たな視点を生む。
たとえば蓄尿障害がなく、睡眠障害を克服することで吸収機構を取り戻せるのであれば、睡眠薬による治療も選択肢のひとつになり得る。過活動膀胱の治療が奏功し膀胱容量が増えれば吸収が起こって、夜間頻尿も軽快する可能性がある。
夜間頻尿治療が目指すのは、睡眠の生理に基づいて達成可能な目標を設定し、睡眠の質を向上させることにあると考えている。そのためにも常識にとらわれることなく、新たな知見をどん欲に追究し、夜間頻尿に悩む患者の治療に役立てていきたい。
*Assessment of bladder function for stabilizing urinary volume overnight with recording of brain waves
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