日本病院薬剤師会では、「プロトコールに基づく薬物治療管理(Protocol Based Pharmacotherapy Management:PBPM)」をタスク・シフティング推進における重要な取り組みと位置付けている。東北大学病院では医師と保険薬局の負担軽減を図るため、院外処方箋の問合せを簡素化するプロトコールを作成した。薬剤部長の眞野成康先生と副薬剤部長の松浦正樹先生に、同プロトコール作成の背景と具体的な運用方法を伺った。
東北大学病院は宮城県唯一の特定機能病院で、先進医療と研究に力を入れています。一方で仙台藩医学校施薬所を起源とする同院は、東日本大震災で被災した沿岸部の医療機関の後方支援を一手に引き受け、現在のCOVID-19の対応においても地域の先頭に立つなど、他の都市部の特定機能病院にも増して地域医療に注力しています。
同院では2019年11月から「院外処方箋問合せ簡素化プロトコール(以下、簡素化プロトコール)」を運用しています。同院では院外処方箋に疑義がある場合、保険薬局薬剤師が直接処方医に電話で照会しますが、規格や剤形の変更など軽微なものも多く、電話がつながりにくい状況も少なくないことから、医師、薬剤師が互いにストレスに感じていました。そこで東北大学病院と保険薬局との間で簡素化プロトコールを合意し、医師・保険薬局双方の業務負担を軽減することにしたのです。
ただし薬剤部長の眞野先生は「薬剤師法第二十四条(処方箋中の疑義)の医師の処方意図が問われる本来の疑義照会は簡素化すべきではないと考え、薬剤師法第二十三条の2に関連するものを対象として、簡素化プロトコールを作成しています」と、プロトコールの前提について説明しています。
簡素化プロトコールは、先行施設のプロトコールを参考に薬剤部内で協議して作成し、院内の運営会議で了承を得た上で、保険薬局向けの説明会を開始しました。会社ではなく店舗単位で合意書を取り交わしています。「簡素化プロトコールの内容を確実に理解し運用してもらうために、各薬局の管理薬剤師に説明会に参加していただいています。当院では2018年からトレーシングレポートを受け入れており、すでに連携していた薬局に加え、宮城県薬剤師会の協力も仰ぎ周知に努めました。現在は感染防止対策のためwebで説明会を行っているので、当初はお断りしていた県外の薬局も参加でき、合意を交わすようになっています」と副薬剤部長の松浦先生はプロトコール作成の経緯を説明します。
作成した簡素化プロトコールは表に示す12項目で、内容によって、薬局からの問合せ・報告いずれも省略できる項目、問合せは省略できるが報告は必須とする項目があります。報告を必要とするのは、明らかな処方間違いを含め、以降の処方内容の変更につながると考えられる項目です。「まずは開始することを重視し、処方医に抵抗感がない項目に限定しました」(松浦先生)。
合意した薬局で応需した処方箋に該当する内容があれば、簡素化プロトコールに則って運用されます。報告の必要がある項目に関しては、薬局からトレーシングレポートが薬剤部に送られます。その内容をチェックした上で、処方医と情報共有すべきものを電位カルテに登録します。特に、処方変更の必要がある場合は、トレーシングレポートに目立つように「要処方修正検討」と記載して電子カルテに登録しています。処方変更の必要がある場合に、医師に確実に情報が伝わるようにするためです。また、トレーシングレポートを発行した薬局にも、医師との情報共有を伝え、報告内容が次回診療に活かされることがわかるようになっています。
簡素化プロトコール運用前のトレーシングレポートの件数は20〜30件/月でしたが、開始直後に150件/月ほどになり、特に服薬状況と残薬に関する報告が増えています(図)。「以前は口頭でのやり取りで処方が変更されても、次回の処方が変更前に戻るケースがありましたが、運用開始後は、処方医がレポート内容を次回以降の処方に反映しています。PBPM関連のトレーシングレポートの件数は100件/月程度に増えましたが、その分医師への問合せの数は減少しています」(松浦先生)。
簡素化プロトコールの運用で、医師と保険薬局の業務負担は減りました。一方で同院薬剤部の業務は増えたといいます。トレーシングレポートの内容を確認した上で、電子カルテへの登録や保険薬局への対応などを行っているためです。また、記載内容に不備がある場合は保険薬局に連絡し、不足情報の聞き取りや書き方の指導なども行っています。たとえば、残薬があり投与日数を短縮した場合に、残薬が発生した背景や理由が記載されていないケースがあります。患者さんの服薬状況を把握できなければ、処方医は次回の診療や処方に活かすことができません。このように、トレーシングレポートの件数増加に伴って、レポートの質の課題が浮き彫りになってきました。
「門前薬局に協力をお願いして、トレーシングレポートの書き方の勉強会なども開催しています」と松浦先生。眞野先生も「今はまだ薬局によって対応にばらつきがあります。対応が進んでいる薬局に協力していただきながら、地域の保険薬局の薬学管理のレベルアップを図っていくことも当院の重要な役割と考えています」と、この問題を重視します。
ただ、調剤後の継続的な服薬状況の把握等の義務化によって、保険薬局薬剤師がトレーシングレポートを介して情報をフィードバックしてくれるため「処方内容の変更が必要な場合も医師と情報共有できるようになり、確実に医療の質は上がっています」と業務量の増加には変えられない効果もあると眞野先生は評価します。さらに「昨今問題となっている後発医薬品の不安定供給に関しても、処方医に問い合わせる必要がなくなったので、保険薬局のメリットは大きいと考えます」(眞野先生)。
薬剤師によるチーム医療とタスク・シフティングの推進には、PBPMの活用が求められます。PBPMを進める上で「プロトコールの意味を正しく理解することが重要です」と眞野先生はPBPMの基本を強調します。その上で、プロトコールの範囲を医師と協議し、また院内での必要な合意形成などのプロセスを確実に踏むことも重要です。「当院の簡素化プロトコールは、まず医師に抵抗感がない内容で作成していますが、医師の理解が進んで投与量や薬剤等の変更を予測できるのであれば、その範囲を医師と協議して拡大することも可能になります」と今後の可能性に期待を寄せます。それは医師の負担軽減だけではなく、薬剤師の職能拡大にもつながるからです。
さらに、PBPMによってタスク・シフティングを推進するには、地域連携も重要な要素となります。「まだ不慣れな保険薬局があるようですが、一方で簡素化プロトコールの運用開始が、保険薬局のトレーシングレポートによる連携のハードルを下げたようにも思います。今後益々連携強化や情報共有が求められますので、保険薬局の皆さんにも積極的にトレーシングレポートを作成していただきたいです。診療に役立つ情報が増えれば、医師の負担軽減、ひいては患者さんの利益につながります」と松浦先生は最後に、トレーシングレポートの充実から薬局との連携を進めていきたいと締めくくりました。
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