私が大学を卒業した1997年には現在のような医師臨床研修制度はなく、基礎医学講座に進むか、あるいは入局した病院の複数の診療科で研修するなどの選択が許されていました。私は、母校である福島県立医科大学の医学部附属病院に残ることを決めていましたので、後はどの診療科を選ぶかでした。
興味があった分野は臨床推論でした。ただ、手術をしたいという思いも強く、また、特定の領域を極めたいという希望もありました。泌尿器科は診断から治療後のフォローアップまですべてのプロセスに関与できること、かつ手術もできるということで希望条件の大半を満たしており、泌尿器科に進む道を選んだのです。
泌尿器科は一般的にマイナー診療科の印象を持たれることがありますが、実際はそうではありません。現在では多様ながん、感染症、排尿障害、腎移植など、医師一人ですべてをカバーすることは困難なほどの拡がりをみせています。当然のことながら、診断からフォローアップまでのすべてに関わるには、この広大な診療範囲の中から極めるべき分野を選定しなければなりません。そこで私は、前任地の福島県立医科大学において、泌尿器科領域のがんに対するロボット支援下手術を主体に診療と研究を進めていました。
2020年4月に新任教授として本学に赴任した際には、あれもこれも進めたいとさまざまな夢を抱いていました。しかしながら、教室運営を担うべき教授という現在の立場でそれは許されません。大学病院本来の使命として、それらの夢を診療・研究・人材育成という3本の柱に昇華させる必要がありました。
そこでまず診療については、当院を含めた4つの大学病院に加えて大規模中核病院が多く存在しているこの福岡医療圏の特性を考慮し、泌尿器疾患の診療センターにふさわしいレベルの実現を目標にしました。具体的にはロボット支援下手術、小児泌尿器科、腎移植、複数の診療科と合同で行う拡大手術、泌尿器科領域の救急疾患への対応などが挙げられます。
次に研究については、私立の大学病院であることを踏まえて臨床を重視し、日常診療を中心に浮かび上がってくる疑問点を解明して、そこで得たエビデンスを国内外に発信することを目標にしました。その成果は第8回 日本小児泌尿器科学会 優秀論文賞(写真1)や2021国際尿禁制学会( ICS 2021 MELBOURNE ONLINE )の優秀演題賞(写真2)などに現れつつあります。
最後に人材育成については“研究者であるという立場を忘れることなく診療に従事する医師を育てる”という方針で臨みました。手術や診療の技術に長けているのみならず臨床研究に結びつけて、その成果を学会や論文誌へエビデンスとして公表することにより広く認知を求め、ひいては日本の泌尿器科医療をリードする医師を輩出できる教室を目指しています。これは私の教授就任時の挨拶に代えて全教室員の前で表明した所信でもあります。さらに専門分野の他、サブスペシャリティの獲得にも力を入れています。
新型コロナウイルスのパンデミックで、教授就任祝賀会を始めとする行事が開催されず、あるはずのコミュニケーションの機会が減ってしまいました。このような状況だからこそ教室の土台づくりに傾注するようにしています。機会を見つけて医局員と言葉を交わす、助教以上のスタッフとのミーティングを頻繁に行う、関連病院の医師を招いて話を聴くなど能動的なコミュニケーションを心がけた結果、働きやすい環境を整える上での参考にすることができたと考えています。ただ、他の医療機関の先生方との交流は私としてはまだうまく行っているとは言えず、歯がゆい限りです。
上述したように泌尿器科の診療分野は拡がっており、最先端の知見のすべてについてキャッチアップすることは不可能です。しかし、できる限り若手を中心に医局員を増員し、私の指導し切れない分野については国内も含めた留学も勧め、そこからのフィードバックによって当教室の守備範囲をできるだけ拡げていきたいと考えています。
専門性を高める手段のひとつとして、排尿障害、膀胱がん、前立腺がん、腎がん、小児泌尿器、腎移植という6つの専門外来を開設し、標準治療の浸透や日常診療の深化を図っています。このような手段を介して、すべての医局員におのおのの専門性を高めてほしいのです。前任地に比べて福岡は医療施設や泌尿器科医が多く、また福岡の方は地元が好きで福岡県内での行動を好む傾向もあります。この福岡医療圏における一種の競争状態とも言える背景から、泌尿器科医として専門外に少なくとも1つはサブスペシャリティを身につける必要性を感じており、機会あるごとにその重要性を医局員に説くようにしています。
ここでは2つの研究を紹介します。
根治的前立腺全摘除術(RP)後には、下部尿路の解剖学的な構造と機能に劇的な変化が生じるという報告があります1,2 )。また多くの場合、RP後に排尿症状は改善するのですが、中には新たな症状が術後早期に出現するケースがあるとされています3)。このようなRP後の排尿障害は、ロボット支援下(RA)手術を導入して以来、それ以前と比較し頻度および障害程度ともに改善を認める傾向にありますが、頻尿や過活動膀胱症状が遷延化するケースも皆無ではありません。こういった事象は、RARP導入後も依然としてアンメット・メディカル・ニーズとして残っています。
そこで私たちは、RARP後の早期の術後排尿筋活動低下の有病率と、その予測因子を特定する前向き観察研究4)を行うことにしました。主な結果を紹介します。RARP後1ヵ月以内の術後排尿筋活動低下に関係する因子について多変量解析を行ったところ、術前の膀胱収縮指数のみが有意な因子として抽出され(オッズ比0.94、p<0.01)、患者特性や手術関連因子との間に有意な関係性は認めませんでした。この知見は、RPを予定している患者さんへの術前の情報提供の際に役立つと考えています。
FESTA(Fukuoka Epidemiological STudy of Atherosclerosis)研究は、本学の衛生・公衆衛生学教室教授の有馬久富先生が中心になって令和元年(2019年)に開始されており、私が福岡に赴任する前から行われていました。この研究の目的は冠動脈疾患のリスク因子を検出することにあり、手法として地域在住の一般住民を対象に、CT検査による冠動脈石灰化を評価する疫学調査が選択されました。対象は福岡県那珂川市と福岡市城南区に在住する40歳以上の一般住民男女です。腎泌尿器外科にも参加の呼びかけがあり、①一般住民における夜間頻尿の包括的病態解明、②過活動膀胱(OAB)および夜間頻尿と動脈硬化の機序解明、の2つの泌尿器科疾患との関連性を研究目的に追加する形で参加しました。ここでは中間解析の結果が出ている①について紹介します。
まず研究の背景には、夜間頻尿には前立腺肥大症(BPH)やOAB、さらには睡眠呼吸障害(SRBD)などが関与するとされている一方で、一般住民を対象にこれらの疾患の状況を同時に検討した疫学研究が少なかったことが挙げられます。そこでFESTA研究においては、BPH、OAB、SRBDが夜間頻尿にどのように影響を及ぼすのかを、年齢や高血圧といった因子とともに包括的に検討することにしました。解析の対象者数を1,000名に設定しましたが、今回の①の目的についての中間解析に組み込まれたのは2019年12月までに参加した317名です。なお下部尿路症状の基準は、夜間頻尿は夜間排尿回数が1回以上、BPHは国際前立腺症状スコア(IPSS)が8点以上、OABは尿意切迫感スコア2点以上かつ過活動膀胱症状スコア(OABSS)3点以上と定義しました。またSRBDは、デバイスを用いて測定した無呼吸低酸素指数(1時間当たりの無呼吸と低呼吸の回数和)5以上と定義しました。
表に中間解析の解析結果を示します。まず、夜間頻尿を認めた割合は72.2%(228/317名)でした。夜間頻尿あり群と、なし群の比較において、BPHおよびOABは年齢(65歳以上)とともに有意差を示す一方、SRBDと高血圧については差がありませんでした。夜間頻尿とBPH、あるいはOABとの関係性は、一般住民においても再現性を認めましたが、SRBDとの関係性が有意でなかったというこの結果については、軽症のSRBDも含めたことが理由と考えられます。これについてはSRBDの重症度別にみるサブグループ解析が今後必要だと考えています。また、1,000名の目標に対して、317名の集積段階での中間解析故に統計学的検出力が十分ではないこともその理由と考えられます。いずれにしましても、ここで紹介しました結果はあくまでも速報的なデータであることをご理解いただければと思います。
上述しましたように当科では専門外来を開設しており、そのひとつが排尿障害外来です。このような専門外来の開設は珍しいものではありませんが、診療に関する医師間の格差解消と、臨床研究のためのデータ収集を目的に組み込んでいるところは他の施設と異なるかも知れません。こういった背景から、当科にとって排尿日誌は重要なクリニカルデータという位置づけにあります。
私が福岡に来て驚いたことのひとつが、排尿日誌に対する患者さんの反応でした。前任地では前立腺がんRP後の患者さん全例、約500名に排尿日誌の記載をお願いしたところ、ほぼ全員が日誌をつけてくれましたが、福岡の患者さんはそうではありませんでした。地域差によるものかとも思ったのですが、診療にも研究にも欠かせないデータ収集ツールですから、記載してもらわないわけにはいきません。そこで昨年からは、当科初診の患者さんで排尿に問題を抱える方には、夜間頻尿QOL質問票(N-QOL)、IPSS(男性)、OABSSとともに排尿日誌もつけるよう求めることをルーチン化して、その上で排尿障害専門外来を受診してもらうという形にしました。ただ、これで患者さん全員がすんなり排尿日誌をつけるようになったわけではありません。排尿日誌が受け入れられない背景には、患者さん側の問題と医療者側の問題とが関係しているためです。
まず患者さん側の問題として、決して記載内容が煩雑ではないものの、その僅かな手間を惜しむ心理が挙げられます。これを解決するには、①排尿日誌をつけるのは当たり前と考えてもらうために、記載することが排尿障害を治療する上で役立つことを理解してもらう、②排尿日誌を活用することで得られた治療効果を患者さんにフィードバックする、という2つの方策が重要だと考えています。私自身は診察前に排尿日誌に必ず目を通し、診察時に記載内容を踏まえた指導を行っています。これを繰り返すことで、最初は渋っていた患者さんも、排尿日誌の記載を嫌がらずに行ってくれるようになります。もうひとつコツを挙げるとすれば、3日間とされている記載期間が長いためネックになっている可能性を考慮し、最初は1日でもいいですとハードルを下げる方法でしょうか。データ量は不十分になりますが診療上は貴重な情報であり、全く参考にならないわけではありません。
次に医療者側の問題は、患者さんが記載してくれた排尿日誌のデータ解析作業が容易ではないため、日誌をつけてくださいと進んで言わなくなることが挙げられます。また、多忙を押して作業しても診療報酬に反映されるわけではなく、モチベーションも上がらないという状況もあります。幸いなことに、当科には排尿日誌のデータ解析に極めて熱心に取り組み、そのデータに基づいた生活指導や薬物療法を行う医局員がいます。しかし、このような特異な存在に頼り切りになるのでは問題の本質的解決にはなりません。ひとつの方策として考えられるのは、タスクシフト/タスクシェアです。例えば看護師に、排尿日誌のデータ解析と結果フィードバックを担ってもらうことも方法の一つです。もうひとつは、排尿日誌をスマートフォンで撮影することで電子カルテデータ化できるアプリの開発です。既に患者用の排尿日誌アプリは複数存在していますので開発は可能ではと思いますが、共同開発に協力してくれるパートナーがいればと考えます。
排尿日誌は活用次第で、生活指導や薬物療法にも有用性を発揮するツールです。指導通りに生活を是正できない患者さんについて、その原因を探って対策に結びつけることにも実際に役立っています。夜間頻尿患者で問題視される多剤併用についても、排尿日誌のデータを活用して薬剤数を適正化することが可能だと考えます。排尿日誌の活用にはこのような多くのメリットがありますし、患者さんに記載を促すための当科での工夫が、読者の先生方の参考になれば幸いです。
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