1. お役立ち情報
  2. キッセイ診療サポート
「医」と「知」をつなぐ情報誌 キッセイクール KISSEI

2型糖尿病の薬剤選択における意志決定-患者、医師の視点から-

弘世 貴久先生
東邦大学医学部内科学講座 糖尿病・代謝・内分泌学分野 教授
2007年の医療法改正において第1条の4の第2項に追記されたインフォームドコンセントは今日の医療現場に定着してきましたが、患者側の理解という点では不十分との指摘もあり、諸外国では一歩進んだ医療者側と患者側とが共同で行う意思決定プログラムを普及させる動きが活発化しています。では、日本の2型糖尿病の診療現場はどのような状況にあるのでしょうか。診断後の生活習慣改善指導、薬物治療の開始、血糖コントロール状況に応じた薬剤の見直し、合併症対策など、治療法の検討機会に高頻度に遭遇する疾患であり、現状を捉える必要がありそうです。今回は、医師および2型糖尿病患者を対象とした意識調査を論文化された東邦大学医学部内科学講座 糖尿病・代謝・内分泌学分野 教授の弘世貴久先生に、結果から見えてきた課題についてご解説いただきます。

医師/患者間の共同意思決定とは

ー治療についての医師と患者さんとの共同意思決定を意味するインフォームドチョイスを行うことの意義について教えてください

1969年にBalint1)が提唱した「疾患のみではなく患者を全人的に診る」という意味のPatient Centered Care(PCC)は、今では欧米における多くの診療ガイドラインで採用されています。文字通り、患者さんを中心に据えた療養指導法のことですが、私はそこに2つの意味が含まれていると解釈しています。1つは、治療の成否を判断するのは医療者ではなく患者さんだということです。例えば、糖尿病診療において、医師はHbA1cの低下をもって治療は成功だと考えがちですが、「好きなものも食べられず、何の楽しみもない人生だった」と言われるとすれば、患者さんにとっては失敗だったということになります。もう1つは、治療はエビデンスに基づいて選べばいいというわけではないということです。例えば、ある治療を受けた患者さんの8割にベネフィットがあったというエビデンスは、逆に言えば2割の患者さんは恩恵を受けることがなかったことを示しています。目の前の患者さんが2割の方に入ってしまう可能性を無視してその治療を勧めるのであれば、その医師はPCCを実践しているとは言えません。このような点を踏まえ、欧米の最新の診療ガイドラインでは、エビデンスは治療選択の際の参考にとどめることが提唱されていますし、個々の患者さんにおける反応こそ重視すべきであることが指摘されています。

図1:患者中心の治療を実現させていくためのインフォームド・チョイス

しかしながら、これらはあくまでも結果に重点を置いた考え方です。それに対し、インフォームドチョイスは、治療を決定していくプロセスにおける方法論であり、最終的に医療者側の考える治療の成功と患者さんの治療に対する高い満足度を同時に得ることを目標にしています。図1では、インフォームドチョイスとインフォームドコンセントとの違いを示しました。両者とも患者さんに十分な説明がなされていることが前提となっています。インフォームドコンセントにおいて、医師がAを勧めるのはエビデンスがあるからですが、上述したように、この患者さんがその通りのベネフィットを得られるとは言いきれません。「Aは自分に合わないかも知れない、あるいは本当に効くだろうか」という疑念を抱いたとしても、勧められた患者さんの多くはAの治療を受け入れてしまいます。一方、インフォームドチョイスではエビデンスに基づき有効な可能性のある治療選択肢が示されるものの、特定の治療だけを医師が勧めることはありませんので、患者さんも遠慮することなく自らの要望を医師に伝えることができます。そして、注目すべきはインフォームドチョイスにより選択した治療への患者さんの取り組み姿勢です。自らが決定に関与したという責任感を背景に、2型糖尿病であれば経口血糖降下薬の服用以外にも食事や運動についての医師の指導を遵守する行動を採るようになり、このことが治療成功の可能性を高めることに繋がることが複数の検討2-5)によって示されています(これらの検討ではshared decision makingという言葉が使われていますが、インフォームドチョイスとほぼ同義語と私は考えています)。私は、評価の期間を明らかにした上で「この間、一緒に状態を診ていきましょう」という言葉を添え、医療者とともに治療していくのだという患者さんのモチベーションをアップする工夫をしています。

Takahisa Hirose
弘世 貴久先生
東邦大学医学部内科学講座
糖尿病・代謝・内分泌学分野 教授
1985年
大阪医科大学卒業 大阪大学医学部第三内科 研修医
1992年
大阪大学大学院医学研究科内科学修了 博士号取得
米国国立衛生研究所(NIH)研究員
1995年
大阪大学医学部第三内科
1997年
西宮市立中央病院内科医長
2004年
順天堂大学医学部代謝内分泌学講座 講師
2006年
順天堂大学大学院 代謝内分泌内科学 助教授
2012年
東邦大学医学部内科学講座 糖尿病・代謝・内分泌学分野 教授

論文「インフォームドチョイスと週1回投与型経口血糖降下剤に関する
医師および患者の意識調査」について

表1:医師および患者の回答

ー調査から何を導き出そうと考えられたのですか

この論文6)には、「2型糖尿病におけるインフォームドチョイスの実施および週1回製剤に関する医師と患者の意識を明らかにすること」と記載しましたが、本音は「臨床現場へのインフォームドチョイスの浸透は未だ不十分」という当科の状況に基づく私見を検証することにありました。

ー調査の結果から明らかとなった医師/患者間のギャップについてのご見解をお聴かせください

①医師の説明に対する患者満足度の認識

患者さんの評価が医師の認識よりも有意に高かったことをありがたく思います(表1の中段)。しかしながら、医師の回答は糖尿病外来の混雑、待ち時間の長さに比べあまりにも短い診療時間という実態を反映したものと考えられますので、この調査結果に甘んじてはなりません。実際、欧米の糖尿病専門病院では、1人の患者さんにかける時間が日本とは比べものにならないぐらい長く、しかも予約制で行われています。そのことを念頭に置き、現状肯定による流れ作業のような診療に終始してはならないと考えています。

②インフォームドチョイスによる飲み忘れ防止効果についての評価

インフォームドチョイスによる飲み忘れ防止効果についての患者さんの見解は正しいと思います(表1の下段)。決定に自分自身が関与しているなら、忘れずに飲もうと考えるのは当然と言えます。一方、「減る」と断言する医師の割合が低いのは、インフォームドチョイスを実践していないことの証しだと思います。なぜならば、実践していれば、飲み忘れが減ることを実感できるからです。

③インフォームドチョイス実施状況に関する認識

図2左のグラフは、実状をほぼ正確に現したものと捉えています。すなわち、医師の半数はインフォームドチョイスを行っているつもりでも、患者さんの3/4は受けたとは思っていないということです。インフォームドチョイスを行う際には、治療の決定について患者さんが最終的に自分の意思を反映できるものの言い方ができているか、結局、医師自身が勧めたい治療を選ばせていないかを常に自問する姿勢が重要となります。

図2:医師の認識と患者の状況
表2:インフォームドチョイスおよび週1回製剤の希望の有無別患者背景

図2の中央のグラフにおける患者さんの割合は、インフォームドチョイスに関する患者側の理解不足を示唆していると考えています。患者さんが十分に理解しているのであれば、このようなレベルにとどまることはないからです。もちろん、今でも「すべて先生にお任せします」という方が稀ながら存在するのも事実ではありますが。

その他、本調査結果では、インフォームドチョイスを希望する患者さんの特徴として、比較的若年、受診頻度が低い、血糖コントロール不良、薬剤数が多いことを飲み忘れの理由に挙げる、服薬継続に対する負担感が強いという背景因子を有していることがわかりました。このようなプロファイルを持つ患者さんには、そのニーズに応えるべく、医師はより積極的にインフォームドチョイスを行うことを心がけるべきです。必ずや、良好なアウトカムに結びつくはずです。なお、職種や就労の有無、服薬種類数および錠数の多少、服薬遵守率とインフォームドチョイスの希望の有無の間には有意な関係を認めなかったのですが、これは行わなくていい患者集団を示すものではないことを付言しておきたいと思います。

④週1回製剤への変更ニーズについての見解

図2の右のグラフも、実臨床においていかにインフォームドチョイスが実践されていないかを示しています。1剤であっても週1回製剤への変更を希望する患者さんの割合が82.9%に上るにも関わらず、医師側は半数もいないと回答したことは、私が日常診療から受けている実感とよく一致しています。インフォームドチョイスを実践しているのであれば、多くの2型糖尿病患者さんが週1回製剤への変更を要望することに気づくはずなのです。おそらく、1剤ぐらい週1回製剤に変更しても仕方がないだろうという思い込みから、その存在すら伝えていないのではないでしょうか。週1回製剤への変更を希望する患者さんはインフォームドチョイスの希望意向も強いという結果(表2)は、このアプローチ方法が自らの望む治療を行ってもらうために有効であるという患者側の意識を示していると言えます。

2型糖尿病における週1回投与型
DPP-4阻害薬の位置づけについて

ー週1回投与型DPP-4阻害薬はどのような患者さんに適しているとお考えですか

日本では、DPP-4阻害薬が2型糖尿病に対する薬物療法において実質的な第一選択とされていることは周知の事実です。また、週1回の服用で済む製剤が臨床応用されていますので、その位置づけについても興味のあるところです。

そこで、週1回投与型のDPP-4阻害薬がどのような患者さんに適しているか、この問いに答える上で参考になるのがSenら7)の検討です。日本人の2型糖尿病患者の服薬選好について調査したこの検討では、対象全体における週1回製剤を希望する割合は33.3%でしたが、薬物治療を行っていない患者群では45.7%と半数近くを占めていました(図3)。初めて薬物治療を行うとなるとできるだけ負担が軽いものを選びたいというのが人情ですし、また、既に治療中の患者さんは慣れもあるのでしょうが、それでも3割前後が週1回製剤を好むという結果には納得がいきます。また、フルタイムの仕事に就いている65歳未満の患者集団では週1回製剤を希望する割合が68.7%と高率でした(図4)。このような多忙な患者さんには、とにかく飲み忘れを防げる、週1回だけ飲めば他の日に薬のことを考えずに済むという心理が働いていると考えられます。週1回投与型DPP-4阻害薬だからという理由で、これらの患者さんに対して投与が制限されるわけではありませんし、エビデンスの点からも2型糖尿病患者さんに適した経口血糖降下薬としてインフォームドチョイスにおける選択肢に加えることに問題はありません。それどころか、むしろ、加えなければならないと思います。

図3:参考:日本人2型糖尿病患者における服薬選好
図4:参考:「薬物療法を行っていない」かつ「フルタイムで仕事をしている」かつ「65歳未満」の患者が好む服薬回数
表3:週1回製剤が適していると考えられる2型糖尿病患者のプロフィール

その上で、私自身の診療経験を踏まえた週1回投与型DPP-4阻害薬が適すると考えられる患者さんのプロファイルを表3に示します。もちろん、ここに挙げた以外にもあると思いますが、多忙な方、シフトワークに就いている方などは、服薬回数が減ることで飲み忘れが少なくなります。服薬アドヒアランスの悪さは服用数の多さにあると考える患者さんが、週1回製剤への変更を希望することは上述した調査結果でも示されました6)。1日1回投与のDPP-4阻害薬で血糖コントロールが安定している患者さんについては、週1回製剤が適してはいるものの、ご本人の意向は必ずしもそうとは言えませんから、それこそインフォームドチョイスを実施して判断していただくことになるでしょう。そして、ご自身での服薬管理が困難な患者さんは、介助者の方の負担軽減という観点から曜日を決めて管理ができる週1回製剤が適していると考えています。これからの超高齢社会を考慮すれば、週1回製剤の貢献度はますます大きくなっていくと予想しています。

これからの2型糖尿病診療と
薬剤選択におけるインフォームドチョイス

ー読者の先生方へのメッセージをお願い致します

2型糖尿病診療においては、患者さんの思いや希望にお構いなしに医師の考えを一方的に押し付けてはいけないと考えています。患者さんの声に耳を傾け、お互いの間での信頼を高めていくことが大事です。今や大きな社会問題となっている残薬もインフォームドチョイスの実践によって解消できる可能性がありますし、そのことが治療の成功にも結びつきます。薬剤選択においても大局的な視野から考えていただき、患者さんとの話し合いを通じて共同で決めていくというアプローチを展開していただければと思いますし、その結果として、薬物治療の対象から漏れていた症例を発見することもあると思います。薬物治療を開始する際には、エビデンスに基づいて週1回製剤も選択肢の1つとして挙げ、より服用負担の少ない薬剤を望む傾向のある患者さんのニーズに応えることも治療を成功に導く上で重要だと考えています。

今回の医師および患者さんの意識調査では、予想したとおり、2型糖尿病診療の現場においてインフォームドチョイスの実践が十分ではないこと、医師と患者さんの意識にはギャップがあることが明らかになりました。調査そのものは残念な結果ではありますが、この結果が臨床現場へのインフォームドチョイスの普及に繋がるのであれば、決して無駄にはなりません。読者の先生方には、是非、患者さんとの共同による意思決定の浸透にご協力いただき、一緒によりよい2型糖尿病診療を実現したいと考えています。

参考文献
1)
Balint E. J R Coll Gen Pract 1969;17(82):269-276
2)
Wollny A, et al. BMC Fam Pract 2019;20(1):87
3)
Wildeboer A, et al. Health Expect 2018;21(1):64-74
4)
Buhse S, et al. BMJ Open 2018;8(12):e024004
5)
Coronado-Vazquez V, et al. Medicine(Baltimore)2020;99(32):e21389
6)
弘世貴久, ほか. Jpn Pharmacol Ther 2021;49(7):1081-1093
7)
Sen R, et al. J Health Econ Outcomes Res 2016;4(1):55-66

Drug Informationはこちらをご参照ください

※感染対策を行い取材しました(2021年8月)。

※掲載内容は、作成時点での情報です。
転用等の二次利用はお控えください。

当社ウェブサイトでは、ご利用者の利便性向上と当社サービスの向上のためCookieを使用しています。また、当サイトの利用状況を把握するためにCookieを使用し、Google Analyticsと共有しています。Cookieによって個人情報を取得することはありません。Cookieの使用にご同意いただきますようお願いいたします。詳しくはこちら