東京都の江戸川区薬剤師会では、東日本大震災を契機に災害対策委員会を発足させ、発災直後に災害支援ができる薬剤師を育成するE-DSAP(えどさっぷ)認定制度を独自に創設した。
江戸川区薬剤師会の上席理事で災害対策委員長を務める北川太郎先生に、E-DSAPを含め同薬剤師会が進める災害対策と、今後の課題について伺った。
2011年3月9日、江戸川区薬剤師会では、若手会員が主導して活動を行っていこうと「若zo(わかぞう)会」を立ち上げました。その2日後に東日本大震災が発生、同薬剤師会の北川先生は「若zo会でも被災地への支援をしたいと考えたのですが、結局は薬局に募金箱を置いて義捐金を集めることしかできませんでした。何をすればよいかわからない、必要なものがわからない、どこに行けばよいのかわからない。災害対策に関する知識不足が露呈したのです」と当時を振り返ります。その後、2013年に同薬剤師会会長の篠原昭典先生から災害対策への取り組みの打診を受けて、若zo会を中心にプロジェクトチームとして災害対策委員会が発足しました。
手始めとして、2013年に宮城県登米市と南三陸町で、翌年には宮城県気仙沼市と岩手県陸前高田市で視察研修を行いました。薬剤師の災害支援について当時対応を行った現地の方にヒアリングしたところ、『支援に来たということだけで信用してしまった』『偽医師や偽看護師がいた』『不要な物資が大量に送られてきたため仕分けが大変だった』『支援者が個別に活動して混乱が生じた』など不適切な問題が生じていたことがわかりました。「私たちが動けなかった原因となった知識不足を解消して、適切な災害支援ができる薬剤師を育成しよう」(北川先生)ということになり、参加する薬剤師のモチベーションが上がるように、江戸川区災害時支援認定薬剤師(E-DSAP:Edogawa Disaster Support Authorized Pharmacist)認定制度を創設し、非常時の身分証明となる登録証も発行しています。
E-DSAPは①災害時の支援活動に従事できる薬剤師、②災害時に自治体の動きに沿って統率した行動のとれる薬剤師、③発災から72時間、他の地区からの医療支援が来るまで行動できる薬剤師、の3つを目指しています。
E-DSAPの認定研修は年4回、1回90分で、講義形式の座学研修2回、ディスカッション等を行う実践研修2回で修了となります。研修内容は江戸川区の地域防災計画、災害備蓄医薬品の供給の流れ、東京都災害時薬剤師班活動マニュアル、E-DSAPマニュアルについての知識の習得です。「災害時に地域を守るための認定薬剤師ですので、江戸川区の防災計画を知ることで、自治体がどのように動き、我々に求めているのは何かを知ることが基本です。医薬品の供給については、薬剤師会の会営である臨海薬局が災害時の備蓄施設となっており、そこからの医薬品供給の流れを把握します。南北に長い江戸川区の隅々に医薬品を供給するにはそれだけでは足りず、地域の薬局からの協力も必要です。江戸川区薬剤師会は、区と備蓄医薬品に関して協定を結んでおり、供出された医薬品は弁済されることになっています。また他職種との連携や、災害の規模によっては江戸川区にとどまらず、近隣の二次医療圏との連携も必要になってきます。さらに救護所での処方提案など、災害時ならではの考え方をディスカッションで深めていきます。これらが災害時に動ける薬剤師となるための基本と考えています」(北川先生)。
E-DSAPの取得には、同薬剤師会の会員・非会員であることも、臨床経験の有無も問わず、江戸川区に勤務・在住するALL薬剤師としています。「供給された医薬品の受け取りや管理、避難所への払い出しなどの作業に臨床経験は不要です。医薬品の保存や管理に必要な知識があればいい、その知識を持っているのが薬剤師です」と北川先生は、薬剤師は災害時に重要な医療資源となることを強調します。2014年から研修・認定を開始、昨年はCOVID-19の影響で研修ができませんでしたが、2019年までの6期で151名の認定薬剤師が誕生しています。内訳は、薬局勤務薬剤師が135名、病院・医院・卸・製薬企業などに所属する薬剤師が16名です。認定取得後は、継続研究会やスキルアップ研修会、合同防災訓練などに最低でも年に1回参加することで更新されます。
認定研修の前後では災害支援に対する意識の変化もみられます。災害支援活動についてアンケートを行った結果、研修開始時には約2割が「研修を受けて自信がついた」と回答したものの、「まだ自信がない」「もう少し研修を受けたら自信がつきそう」との回答が約7割を占めました。一方で、認定薬剤師となった継続研修の終了後には、災害支援活動に参加したいと「非常に強く思う」「強く思う」「思う」を合わせると、97%が意欲を示す結果となりました。「認定を取得し、その後も継続研修などで自己研鑽を積んだ薬剤師は、全国の被災地に出向いて支援活動を行っています」(北川先生)。
江戸川区薬剤師会では災害時情報共有システム「eST-aid」(エスト株式会社)を導入しています。これによって災害時には、薬剤師会災害対策本部と薬局・勤務薬剤師、および救護所薬剤師班の3者間で、発災時の安否確認や薬局の開閉局状況、被害状況の収集と確認、近隣医療機関・薬局との連携、医薬品供給の見通しなどについて共有します。システム用のWi-Fi環境も優先度の高い地域BWA端末を導入し、災害時のシステム面の備えは万全です。
その一方で、薬剤師が災害支援活動を行うための環境整備はまだ十分といえません。薬局や薬剤師自身が被災したり、交通機関が動かなければマンパワー不足が予想されます。その中で必要最小限の薬局業務に加え、地域を守る支援活動と、薬局の被害への対応を同時に行わなければなりません。そのためには、災害時に継続する業務、中止する業務、さらに中止した業務を再開する基準を決めておく必要があります。このトリアージが薬局BCP(Business Continuity Plan) です。BCPは薬局ごとに、業務単位ではなく個別のケースを考慮して、実効性があるように策定されることが重要です。
しかし、本来BCPは経営者が策定するものであり、「E-DSAP認定薬剤師の半数は勤務薬剤師であるため、BCPの研修はハードルが高い」と北川先生は感じています。そこで研修では、発災時にどう行動するかを決めるパーソナルアクションカード(表)を作ってもらいます。「このアクションカードを足掛かりに、災害時にどう対応するかを常に組織内で意見交換することがBCPの第一歩となります。災害には一つとして同じものはありません。さまざまな状況を想定して話し合い、防災意識を高めることが重要です」(北川先生)。
薬局BCPには、発災から72時間後に支援活動から通常業務に戻るための派遣基準の明記も必要です。72時間の活動後に別の支援者に活動を引き継ぐことになりますが、その際の受援体制も課題のひとつです。「視察に行った登米市は内陸で津波被害を受けなかったため、災害支援の拠点となっており、食事や宿泊に関する十分な環境が整えられていました。災害支援活動には拠点となる場所の環境整備も必要です」(北川先生)。また、E-DSAPは地震を想定していますが、江戸川区は荒川と江戸川の最下流に挟まれた土地であるため、2019年『ここにいてはダメです』と記された水害のハザードマップが作られました。「そもそも『ここにいてはダメ』なので、江戸川区内に災害対策本部を作ることができません。隣接する墨田区、江東区、葛飾区、足立区も浸水が予想されますので、埼玉県などに拠点を置くことも視野に入れなければなりません。そのためには近隣の区や東京都だけではなく、さらに広域の連携も必要になります」(北川先生)。
このように江戸川区薬剤師会では、災害に関して知識と実践能力を持つ薬剤師を育成し、環境整備にも力を入れています。最後に北川先生は個人の見解としたうえで「薬局がいかに地域に貢献できるかを『災害』という切り口で考えたものがE-DSAPです。普段から地域になくてはならない薬局・薬剤師であることが、災害時にも必要とされるのです。地域の中で頼られる存在であり続けること、通常の業務が一番の災害対策です」と、平時の薬局・薬剤師の存在意義を強調しました。
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