糖尿病が強く疑われる人のうちの7割強が65歳以上の高齢者であることは、すでに2014年の国民健康・栄養調査が報告している1)。超高齢社会を迎え、増加の一途をたどる高齢患者の糖尿病管理は、わが国の医療現場が直面している解決すべき課題のひとつといえる。
そうした状況を背景に、2015年4月、日本糖尿病学会と日本老年医学会が「高齢者糖尿病の治療向上のための」合同委員会を設置。手始めに取り組んだのが、「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値)」の策定で、翌年5月開催の日本糖尿病学会学術集会での発表に至っている。
これは、2013年から使われている“糖尿病合併症予防のための目標値HbA1c7.0%未満”を基本とするいわゆる「6・7・8(%)」方式の考え方を残しつつも、認知機能や手段的ADL・基本的ADLの程度、併存疾患の有無等によりⅠ・Ⅱ・Ⅲの3つのカテゴリーに分け、それぞれ従来の基準よりも緩めのHbA1c7.0~8.0%未満を目標値としている。また、インスリン製剤、スルホニル尿素(SU)薬など重症低血糖が危惧される薬剤を服用している場合には、HbA1c7.5~8.5%未満とさらに高めに設定し、かつ各々下限値(HbA1c6.5~7.5%)を設けている点が特徴的だ。
本基準の妥当性を裏付けるデータのひとつに、113施設798症例を分析した糖尿病学会調査委員会の報告(2017年)がある。それによると、2型糖尿病患者における重症低血糖の原因薬剤はインスリン製剤(60.8%)とSU薬(33.1%)とで大半を占め、重症低血糖の発症はHbA1c6.0~7.0%に集中し、同時に腎機能低下がみられている2)。
さらに合同委員会は、血糖コントロール目標の策定に次いで、高齢者糖尿病に対する治療の考え方を広く一般診療の場に浸透させるべく『高齢者糖尿病治療ガイド2018』を刊行した。
『高齢者糖尿病治療ガイド2018』の完成後、高齢者の糖尿病診療にも影響するいくつかの重要な改訂が行なわれている。
そのひとつが食事療法に関することで、従来の標準体重(BMI 22)を目標に据えた食事指導では、高齢者の場合、栄養不良やフレイル、サルコペニアなどの問題が起きやすい。そこで65歳~74歳の高齢者については、目標体重<身長(m)2×22~25(BMI)>を目安とする考え方が新たに導入された。75歳以上の後期高齢者については現体重に基づき、フレイルや合併症、体組成、身長の短縮、摂食状況や代謝状態の評価を加味して個別に判断する。
もうひとつは、高齢者機能評価法が複雑で日常臨床では使いづらいとの声を受け、日本老年医学会が新たに「認知・生活機能質問票(DASC-8)」を作成したことである。これは認知機能ならびに手段的ADL・基本的ADLを問う8項目からなる簡易質問票で、血糖管理目標を決める際のカテゴリー分類に役立つ。また、サルコペニアの診断基準も2019年10月に改訂されている。
『高齢者糖尿病治療ガイド2021』では、これら最新知見を反映して他のガイドラインとの整合性をはかるとともに、新規薬剤にも対応している。
さらに今回、新たにmultimorbidityという項目を設けたことも特徴のひとつである。Multimorbidityとは、複数の疾患が併存し互いに影響し合って複雑さを増した病態のことを指すが、高齢患者は糖尿病の合併症(腎症や網膜症、神経障害、脳梗塞や心筋梗塞などの大血管障害など)以外にも、骨粗しょう症やサルコペニア、フレイル、認知障害や悪性腫瘍などさまざまな疾患を合併しやすいため、容易にmultimorbidityになり得る。「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標」のカテゴリーⅢ※1はまさにそのような状態であるが、日本人高齢糖尿病患者843例(平均71.4歳)を対象とした前向き観察研究J-EDITでも、カテゴリーⅢの死亡リスクはカテゴリーⅠ※2の3.05倍にのぼると報告している。とりわけ低血糖を起こし得るSU薬やインスリン使用群では、カテゴリーが進むほど死亡リスクが上がる3)。
こうした事実を踏まえ、本ガイドでは高齢者糖尿病の薬物療法を考えるうえでの留意点として、「認知機能やADLを維持する観点から、低血糖を極力避けながら高血糖を緩やかに是正することが重要である」と述べている。高血糖だけでなく、重症低血糖と認知症も互いに誘発・悪化の関係性にあることもわかっている4)。
また、高齢者はもともと腎・肝機能低下による薬物排泄遅延があり、低血糖を含むさまざまな有害事象をきたしやすいこと、multimorbidityはポリファーマシーになりやすく、飲み忘れや飲み間違えによって高血糖や重症低血糖が生じやすいことなども挙げている(表1)。
ポリファーマシーに関しては『高齢者の安全な薬物ガイドライン2015』でも、薬が5種類以上になると転倒の頻度が、6種類以上になると薬物有害事象の頻度が増す5)6)としており、本ガイドでもポリファーマシーは高血糖や腎症、死亡リスクを高めると注意を促している。なお、2018年版では多剤併用としていたが、今回初めてポリファーマシーという文言を用いることで、表現の強調効果も期待している。
では、実際どのように治療を進めていけばよいのだろうか。本ガイドではまず、糖尿病に関する一般的な知識に加え、高齢者総合機能評価(CGA)に基づき、起こり得る問題とその対策を提示し、それを患者本人や家族、介護者とも共有できるよう教育を行うことの重要性を述べている。
具体的な手段としては、不必要な薬を減らすこと。薬の種類だけでなく、服薬回数をできるだけ少なくし、服薬のタイミングを統一することで単純化をはかる。単純化には、配合薬の利用も有効な手段のひとつとなる。また、必要であれば服薬サポートを介護者などに依頼する(表2)。
『高齢者の安全な薬物ガイドライン2015』では、より具体的な対処法が示されている。すなわち、1日3回の服用であれば2回あるいは1回へ切り替える、服薬タイミング(食前・食直後・食後30分など)の混在を避ける、出勤前や帰宅後など、介護者が管理しやすい服用法に変える、口腔内崩壊錠や貼付剤など剤形を工夫する、一包化調剤や服薬カレンダーを利用する、などであり、こうした工夫でアドヒアランスの向上をはかることができる。
なお、今回の改訂では構成にもいくつかの工夫を施している。ひとつは、『糖尿病治療ガイド』と重なる部分をできるだけ省いて、高齢者に特化した内容に絞ったこと。もうひとつは治療の考え方をイメージしやすいように、11の具体的な症例を示して対応をわかりやすく解説している点である。
例えば、認知症の合併例(食事指導とDPP-4阻害薬のみで治療中だが、HbA1cが7.7%と上昇傾向にあり、服薬管理が困難な状況)においては、DASC-8の使用を考慮しつつ血糖コントロール目標を立てる。目標体重は現状維持で、認知機能のさらなる低下を防ぐために運動療法や身体活動の向上をはかる指導を行う。投薬の追加を考慮する場合には、腎機能に異常がないことを確認のうえ、低血糖のリスクが少なく服薬回数も変わらない少量のメトホルミンとDPP-4阻害薬の配合薬への変更を考慮する。
また、認知機能の低下でインスリンの自己注射が困難な症例(服薬管理はすべて同居家族、HbA1cが著しく高く、インスリン導入が必要な状況)に対しては、HbA1c8.5%未満を目指すためにはインスリン導入が必要であることを家族に説明。介護者の負担の少ない1日1回の持効型溶解インスリン注射の導入を考慮するとともに、なるべく服薬回数の少ない経口薬(1日1回あるいは1週間に1回)の併用を検討する。
さらに、高用量のSU薬を使用している場合の治療の見直し例(HbA1c6.2%。認知機能は正常でADLも自立)では、HbA1cの目標値を7.0~7.9%に設定し、低血糖を防ぐためにSU薬を減量(1錠の半分程度)する。そのうえで、低血糖を起こしにくい薬剤(週1回服用のDDP-4阻害薬など)の追加やビグアナイド薬(メトホルミン)を少量加えることを考慮して、SU薬を可能な限り減らす(あるいは中止する)よう試みる、などである。
診療ガイドラインとは異なり、治療ガイドは必ずしもエビデンスレベルが十分とはいえないが、糖尿病専門医だけでなく、高齢者糖尿病の診療に携わるすべての医師の疑問や悩みに応えたいと“より分かりやすく、使いやすく”をモットーに改訂に取り組んだ。日々の診療にお役立ていただけると幸いである。
高齢者に対する医療はどうあるべきか、今とても注目されている。高齢者糖尿病に関するエビデンスも徐々に集まりつつあるため、合同委員会では現在『高齢者糖尿病診療ガイドライン』の次期改訂に向けて着々と準備を進めているところである。
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