今回のテーマは,
「治療中断の背景――患者の社会的状況に目を向ける」です。
治療中断の背景――患者の社会的状況に目を向ける
わが国の「糖尿病予防のための戦略研究」の一環として実施された大規模研究J-DOIT2*において,治療中断の理由の1~3位の組み合わせとして正しいものはどれでしょうか
- 1位 仕事や学業で忙しい 2位 体調がよいから 3位 医療費が経済的に負担
- 1位 医療費が経済的に負担 2位 仕事や学業で忙しい 3位 体調がよいから
- 1位 体調がよいから 2位 医療費が経済的に負担 3位 仕事や学業で忙しい
日本の総合的な糖尿病対策のエビデンス創出のために実施された一連の研究のこと。J-DOITはJapan Diabetes Outcome Intervention Trialの略称。本研究の3つの課題のうち,J-DOIT2は受診中断抑制をテーマとしており,受診中断の定義を「次回受診予定日から2ヵ月以上受診がなされなかった場合」とした1)。
正解は1)
解説
糖尿病治療において,治療中断は悩ましい問題です。J-DOIT2の治療中断理由をみると,1位と2位は,治療を優先することへの理解を深める,疾患に対する知識不⾜を補うなど,患者教育や療養指導による対応が考えられます。しかし,3位の「経済的理由」については,医療者側が視点を変え,患者が「なぜそうした状況に陥ったのか」という背景に⽬を転じて対応していく必要があるといえます。
医療者には,SDHへの対応が期待されている
⽇本では,国⺠皆保険制度により誰もが医療を受けられることになっていますが,実際には経済的困窮により保険料を⽀払えず保険証を持てない⼈,医療費への不安から治療を中断したり未受診であったりする⼈が⼀定数存在しています2)。
糖尿病はいったん罹患すると,治療が⻑期にわたるうえに複数の投薬が必要なことも多く,患者にとって医療費の負担感が強いと指摘されています1)。外来通院中の2型糖尿病患者を対象とした研究3)でも,6割超が医療費の⽀払いを負担に感じていたとの報告もあります。
経済的な理由から糖尿病治療を中断した患者は、受診を継続していれば得られたはずの治療の機会を逸することになり,健康上の不利益(糖尿病の悪化や合併症のリスクが⾼まる4-6)など)を被ることになります。
このように個⼈の健康に影響を与える社会的背景や環境(国籍/⼈種,性別,居住地,教育,学歴など)といった社会的要因は「健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health:SDH)」と呼ばれ,健康状態の差,いわゆる「健康格差」の原因になるといわれています7)。
SDHによる健康格差を縮⼩することは,国の政策でも基本⽅針とされています8)。SDHに遭遇する⽴場にある医療者には,困難な事情を抱える患者の社会的リスクを⾒出す役割が期待されています9,10)。
患者の行動の裏にある背景への気づき
患者の抱える困難や悩みは,なかなか⽬に⾒えるものではありません。⻑年SDHの問題に取り組んでいる医師は,患者が抱えている困難を「⾒える化」するためには,医療者側が「⽬の前の患者の状況を理解するには,健康状態に影響しているSDHが存在しないか探してみる必要がある」9)と提案しています。
「受診⽇には来ないのに,症状が悪化すると受診する」「薬がなくならないと受診しない」など対応に苦慮する患者に対しては,⾏動の背景に何かあるのではないかというSDHに対応した視点をもつことが求められています。
受診控えや治療中断といった⾏動が発するサインを⾒逃さず,患者に接するスタッフ間で共有し,気になる患者には声をかけてみる。こうした医療者の気づきが,SDHの結果としての病気の「原因の原因」10)を知ることにつながります。そして,その原因を解消することが治療の近道となるかもしれません。
- 「糖尿病受診中断対策包括ガイド」作成ワーキンググループ.糖尿病受診中断包括ガイド.平成26年8⽉6⽇修正
https://human-data.or.jp/wp/wp-content/uploads/2018/07/dm_jushinchudan_guide43_e.pdf
[2024 年3 ⽉閲覧] - 全⽇本⺠主医療機関連合会.2023 年経済的事由による⼿遅れ死亡事例調査概要報告.
https://www.min-iren.gr.jp/wp-content/uploads/2023/04/240322_01.pdf
[2024年3⽉閲覧] - ⽥中⿇理ほか.糖尿病 2018; 61: 382-388.
- 奥平真紀ほか.糖尿病 2003; 46: 781-785.
- 杉本英克ほか.糖尿病 2013; 56: 744-752.
- ⽥中⿇理ほか.糖尿病 2015; 58: 100-108.
- ⽇本プライマリ・ケア連合学会.⽇本プライマリ・ケア連合学会の健康格差に対する⾒解と⾏動指針 第⼆版.令和4年4⽉14⽇.
https://www.primary-care.or.jp/sdh/fulltext-pdf/pdf/fulltext.pdf
[2024年3⽉閲覧] - 厚生労働省.国⺠の健康の増進の総合的な推進を図るための基本的な方針.
https://www.mhlw.go.jp/content/001102474.pdf
[2024年3⽉閲覧] - 武⽥裕⼦.健康の社会的決定要因と医療者の役割.武⽥裕⼦ 編集.格差時代の医療と社会的処⽅.⽇本看護協会出版会;2021.p.11-25.
- 井上有紗ほか.今,⽇本で広がっている健康格差.武⽥裕⼦ 編集.格差時代の医療と社会的処⽅.⽇本看護協会出版会; 2021.p. viii-xii.