kissei

Basic Knowledge

「診療現場でよく耳にする言葉,きちんと説明するとなると,知っているようでよくわからない,
似ていて違いがわからない」と思ったことはありませんか。本コラムでは,糖尿病診療の
現場で使われている用語とその考え方,最新の話題についてクイズ形式でご紹介します。

今回のテーマは,「先制医療」です。

先制医療

Q先制医療に関する記述で,正しいものを選んでください
(正解はひとつとはかぎりません)。

  • 病気や事故などによって機能不全に陥った組織・臓器に対して培養増殖細胞や人工的な材料を利用して,損なわれた機能の再生を図る医療
  • 個人のバイオマーカーを調べることで,将来起こりやすい疾患を発症前に予測し,予防しようとする医療
  • 厚生労働大臣が定める高度な医療技術を用いた療養で,将来的に保険診療の対象となるか否かについて評価を行うもの

A 解答:正解は2)

~他の選択肢~

解説

集団の予防から個の予防へ

 先制医療(preemptive medicine)は,個人の遺伝的特徴に注目し,疾患が発症する前にリスクを予測し,一人ひとりに合った予防対策を立てて介入する医療で,2011年に井村裕夫氏(現 京都大学名誉教授)が提唱した概念です1)。従来の予防医学は,リスク管理による集団を対象とした予防です。たとえば,どのようなタイプの人が疾患を起こしやすいかを予測するもので,必ずしも個人には当てはまりません。

 疾患の発症には遺伝素因と環境因子が深く関わっていますが,近年,疾患遺伝子研究の発展により遺伝子レベルで個人に最適化した個別化医療が可能になってきました。従来の「集団の予防」から「個の予防」を目的とした先制医療が注目されるようになっています。

DOHaD説

 先制医療は「個の予防」を目的としていることから、人の胎児期から老年期まで生涯に渡る環境因子による影響を考慮することが重要になります。

 例えば胎児期におけるものとして、1980年代後半に,低出生体重が虚血性心疾患発症に影響することが英国の疫学研究で明らかにされました2,3) 。現在は,胎児期から乳幼児期の環境因子が,成人期の肥満や糖尿病などの生活習慣病の発症に関与するというDOHaD説(developmental origins of health and disease)が提唱されています4)。子宮内で低栄養に曝された胎児は,エピジェネティックな機序※を介して使うエネルギーは最小にし、余ったエネルギーは最大限蓄える特徴を得るため,出生後に栄養状態が改善し過栄養となると,肥満や糖尿病を発症しやすいと考えられています5)

エピジェネティクス:DNA塩基配列の変化を伴わない,後天的な遺伝子修飾(DNAのメチル化など)による遺伝子発現調節機構

 わが国では低出生体重児の割合が増加していますが,その要因として妊娠前の若い女性のやせ志向,妊婦の栄養摂取不足による子宮内環境の悪化が胎児に影響を及ぼしている可能性があります。

 このような状況への対応にも、先制医療が重要であると考えられます。

糖尿病の先制医療

 糖尿病の発症前診断はまだ確立されていません。日本人は欧米人と比べてインスリン分泌能が低く,高度肥満をきたす前に糖尿病を発症しやすいことが知られています。また,日本人では肥満に伴う膵β細胞量の増加はみられず,膵β細胞量の減少が最初から起こることで糖尿病を発症することが報告されています6)

 最近,20万人規模の日本人集団、および日本人・欧米人集団を対象とした遺伝情報を用いた解析がそれぞれ行われました。その結果,2型糖尿病に関わる新たな遺伝子領域が同定され,さらに2型糖尿病に関連する遺伝子と代謝系との関連として日本人・欧米人ともに膵β細胞が重要であることや,インスリン分泌調節経路は日本人のみで有意に関連することなどが示されました7)。これらの結果は,日本人2型糖尿病の遺伝素因の解明や,糖尿病の先制医療の実現の可能性につながるかもしれません。

 また,糖尿病の先制医療を可能とするためには,糖尿病発症や合併症進展のハイリスク群をスクリーニングするバイオマーカーの開発が求められています。

  • 戦略イニシアチブ―超高齢化社会における先制医療の推進.科学技術振興機構研究開発戦略センター臨床医学ユニット.2011.
    http://www.jst.go.jp/crds/pdf/2010/SP/CRDS-FY2010-SP-09.pdf(2023年9月閲覧)
  • Barker DJ, et al. Lancet 1986; 1: 1077-81.
  • Barker DJ, et al. Lancet 1993; 341: 938-41.
  • Gluckman PD, Hanson MA. Science 2004; 305: 1733-6.
  • Godfrey KM, Barker DJ. Am J Clin Nutr 2000; 71:1344S-1352S.
  • Kou K, et al. J Clin Endocrinol Metab 2013; 98: 3724-30.
  • Suzuki K, et al. Nat Genet 2019; 51: 379-86.
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