今回のテーマは,「血糖値とホルモン」です。
血糖値とホルモン
血糖値とホルモンに関する記述で,正しいものに〇,誤ったものに×をつけてください。
- 血糖値を下げるホルモンはインスリン以外にもある
- インクレチンはインスリンの研究が進んだことによって発見された
- ストレスなどの環境要因による血糖値の変化にはホルモンが関与している
- 加齢に伴うホルモンの変化は糖代謝異常に関連すると考えられている
1)×, 2)×, 3)〇, 4)〇
解説
血糖値を下げるホルモンはインスリンだけ
ホルモンは私たちの身体の機能を調節・維持しており,100種類以上あるといわれています1) 。そのなかで血糖値を上げる作用をもつホルモンは,グルカゴン,成長ホルモン,副腎皮質ホルモン(コルチゾール,アルドステロン),カテコールアミンなど複数ありますが,血糖値を下げる作用があるのはインスリンだけです2) 。
これには,ヒトが生まれもっている「飢餓に打ち勝つ生体システム」が関わっていると考えられています3) 。私たちの祖先はいつ食べ物が得られるかわからない状況下で暮らしていたため,常に飢餓(低血糖)のリスクに曝されており,血糖値を上げるシステムを充実させることが重要だったと考えられます。
最近,日本人の全ゲノム情報とゲノムワイド関連解析の情報を組み合わせることにより,縄文人と渡来人の表現型を推定した研究から,狩猟採集を生業とする縄文人は,農耕を生業とする渡来人よりも血糖値や中性脂肪が高くなりやすいことが報告されました4) 。縄文人は血糖値や中性脂肪を高めに維持することで,狩猟採集社会に適応していたのかもしれません。
インスリンもインクレチンも約100年前に発見された
インスリンは1921年に,イヌの膵抽出物を糖尿病のイヌに投与したところ血糖が低下したことにより発見されました5) 。1922年にはヒトに初めて投与され,翌年には大量生産が可能となり,以後100年以上にわたり糖尿病治療薬として使用されています。
一方,インクレチン関連薬が登場したのは2000年代ですが,インクレチンの概念はインスリンの発見とほぼ同時期に生まれています。1902年のセクレチンの発見を契機に,「腸管から分泌される因子が膵内分泌(※のちのインスリン)を促して血糖を低下させる」という概念が提唱され,1932年に「インクレチン(Intestine Secretion Insulin)」と命名されました6) 。当時は十分なインスリン測定法がなかったため,インクレチン研究は一時期停滞しますが,1960年にインスリン測定法が開発されると再び活発になります。
グルコース依存性にインスリン分泌を促進するホルモンとして,1970年代にGIP(glucose-dependent insulinotropic polypeptide),1980年代にGLP-1(glucagon-like polypeptide-1)が同定され,1995年にはGIPとGLP-1の分解酵素であるDPP-4(dipeptidyl peptidase-4)7) が発見されました。これらの発見は,DPP-4阻害薬,GLP-1受容体作動薬,GIP/GLP-1受容体作動薬といったインクレチン関連薬の開発へと繋がっていきました。
ストレスや加齢に伴うホルモンの変化は血糖値に影響を及ぼす
血糖値はさまざまな要因で変動します。たとえば,災害時には血糖コントロールが悪化することが報告されており,その関連因子の一つとして心理的ストレスが挙げられています8) 。ストレス状況下では,視床下部-下垂体-副腎皮質系と自律神経系が活性化され,コルチゾールや成長ホルモン,神経伝達物質であるアドレナリン,ノルアドレナリンが分泌されて,高血糖が誘発されると考えられています9) 。
また,加齢とともに多くのホルモンの分泌量が減少しますが,更年期以降のテストステロンやエストロゲンの低下は糖代謝異常に関連することが示唆されています10)。テストステロン値が低い男性は糖尿病を発症しやすいことや,エストロゲンの低下はインスリン抵抗性を引き起こす可能性があることも報告されています。
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