1999年には日本病院薬剤師会でプレアボイドの報告・収集事業が開始された。近年は医療機関にとどまらず保険薬局においても、医療機関と連携して副作用や重複投与などの回避報告を収集・共有する取り組みがみられるようになり、2018年の調剤報酬改定による地域連携体制加算では、薬局でのプレアボイド事例報告が算定要件となった。
13年間にわたりプレアボイド事例報告を続けている久留米三井薬剤師会の杉本奈緒美先生に、薬局がプレアボイドの報告・収集に参加する意義について伺った。
久留米三井薬剤師会のプレアボイド報告事業は、福岡県薬剤師会のモデル事業「医療安全のための薬局薬剤師と病院薬剤師の連携事業」として2009年に開始されました。薬局版プレアボイドが調剤報酬で評価されるに至った先駆けの取り組みのひとつです。
「当時はお薬手帳を啓発しても普及率が伸びない状況で、お薬手帳を病院との連携に活用できないかというのが取り組みの発端でした」と杉本奈緒美先生は、お薬手帳の普及が目的だったと振り返ります。病院と薬局の薬剤師がお薬手帳で患者さんの薬物療法を相互に共有し、有害事象を回避できた事例をプレアボイド報告として集計・分析、結果を福岡県薬剤師会に報告するという内容です。モデル事業として1年間行われた報告事例を検証すると、重複投与や過量投与の中に禁忌の症例が1、2例ありました。そのため薬学的管理を主眼とした地域連携を進める上でもプレアボイド報告が重要と考えられ、同薬剤師会の医療連携委員会で継続事業となり現在も続いています。「一緒に取り組んできた病院の先生方からも、外来の患者さんに病院薬剤師が関わることはほとんどないため、薬局の視点と介入は必要だと言っていただきました。薬局でもプレアボイド報告を積極的に行う必要があると考えたのです」。
プレアボイドと似た言葉にヒヤリ・ハットがあります。ヒヤリ・ハットは、薬剤の交付後に、患者さんに健康被害は生じなかったものの「ヒヤリ」「ハッ」とした事例を指します。一方でプレアボイドはもう一歩掘り下げて、薬剤師が薬物療法に積極的に関与することで、副作用の発現や重篤化など患者さんの不利益を回避することです。薬局では以前からヒヤリ・ハット事例の報告を行っていましたが、プレアボイドに対しては認識が薄く、薬局薬剤師に馴染みのないプレアボイドの意味を繰り返し啓発するところからのスタートでした。
プレアボイド報告書の書式もなく、日本薬剤師会が作っていたインシデントレポートを改変し使っていました。その後、報告書の内容を満たすよう医療連携委員会に参加している病院薬剤師からもアドバイスをもらって、未然回避報告と重篤化回避報告の2種類の書式を作成しました。当初はメールやファックスで報告書を薬剤師会に送ってもらい、杉本先生が集計・分析を行っていましたが、2016年からはスマートフォンやパソコンからチェック方式で入力・送信できるよう電子化しました。これにより報告書の入力が簡素化、集計も自動化されて作業にかかる時間が1/3と大幅に短縮されました。
報告された事例は久留米三井薬剤師会のホームページ上に年度ごとにまとめて公開され、誰でも閲覧できるようになっています。「以前はホームページで公開するために、送られてきた報告書からデータを手入力していました。これが大変な作業で、見かねた若い薬剤師がGoogleフォームを使って電子化を手伝ってくれたのです」。
プレアボイド事例報告を続けるうちに報告内容に変化がみられるようになりました。当初は重複投与や過量投与など、お薬手帳や処方箋から判断できる内容のものがほとんどでしたが、近年は検査値に目を向けたエビデンスに基づく報告が増えてきているといいます。また、経口抗がん剤や麻薬なども在宅で頻繁に使われるようになり、薬局薬剤師を取り巻く環境が変化しています。「検査値と薬をつなげて考えることができるのが薬剤師です。処方箋に記載された検査値や、患者さんが持参された検査結果から、腎機能低下、肝機能低下や抗がん剤服用による好中球減少など、自覚症状に乏しい副作用を検査値から判断できるようになりました」。
薬剤師の意識も変化してきました。「医療機関とマンツーマンの薬局は単科の薬には詳しいですが、他の領域の薬剤がわからないようでは薬の専門家とはいえません。自分がプレアボイド事例報告をすると、他にどのような報告があったかを意識するようになります。薬剤師会のホームページで公開している報告事例をみることで、他の診療科の事例も気にかけるようになり、副作用防止や重篤化回避のスキルアップになります」。プレアボイド事例報告は年度ごとに優秀事例が3例選出され、報告のモチベーションにもつながっています。
患者さん側にも変化が現れています。以前はお薬手帳を持つ意味が理解できなかったり、薬局で話をするのを嫌がったりする患者さんもいましたが、今では患者さんの方から検査値や併用薬のことを話してくれるようになったといいます。「ただお薬を渡すだけではなく、薬剤師が地道にコミュニケーションをとることで、患者さんにも気づきが生まれているのだと思います。プレアボイドは“物から人へ”を実現するツールです」。
プレアボイド事例報告はコスト面でも成果が得られています。2018〜2020年度のプレアボイド報告事例265例についてコスト評価を行ったところ、7千万円を越す医療経済効果があったことがわかりました(図)。
地域連携体制加算が始まった2018年に、久留米三井薬剤師会に報告されたプレアボイド事例数は前年度の2倍以上になりましたが、その後は元の件数に戻っているといいます。その理由として杉本先生は「加算の算定要件を満たすためには日本医療機能評価機構のヒヤリ・ハット事例報告への報告が義務づけられているので、そちらが優先されているのだと思われます。当薬剤師会で継続してきた意義は、プレアボイド報告事例を情報の公開や研鑽のための資料を通じて共有することで、医療連携の足掛かりとするためですので、二度手間にならずに両方に報告・共有できる方法はないかと模索しています」と悩ましい現状を説明します。
今後は報告するだけではなくフィードバックが必要と考え、久留米版トレーシングレポートも作成しました。「フォーマットが不統一だとフィードバックされた医師の迷惑にもなりかねません。病院薬剤師にもアドバイスをいただき、書きやすさや見やすさを重視して、がん化学療法とその他の薬物療法の2種類を作成しました」。そして最後に杉本先生は薬剤師会が果たすべき役割についても話しました。「算定ありきにはなりたくありませんが、せっかく薬局の機能が評価される点数があるのであれば、正当にかつスムーズに算定できるように会員をサポートするのも薬剤師会の役割だと考えます。トレーシングレポートも、提出するからには医師から評価されるものでなければなりません。そのためにフォーマットも検討しました。会員の薬局・薬剤師から困っていること、相談ごとを投げかけられたときに、何かしらを返すことができる薬剤師会でありたいと常々考えています」。そのために久留米三井薬剤師会では、テーマや課題に応じて各委員会が横断的に連携し、プレアボイド収集をはじめさまざまな事業に取り組んでいるのです。
※掲載内容は、作成時点での情報です。
転用等の二次利用はお控えください。