日本の慢性透析療法の現況と個別化医療推進の背景
酒井 まず始めに日本の慢性透析療法の現況1)について確認しておきたいと思います。図1にみられるように、増加の一途をたどってきた慢性透析患者数は2022年以降減少に転じました。その要因としては、新型コロナウイルス感染症のパンデミックでの死亡者数増加に加え、治療法の進歩による糖尿病性腎症あるいは慢性糸球体腎炎からの透析導入数の減少、および日本の人口そのものの減少などが挙げられます。透析患者数が減る中で平均年齢は年々高じ、2023年には全体で70.09歳(図2)、新規導入では71.59歳となっています1)。
このような患者の高齢化が透析医療における個別化医療推進の要因のひとつになっています。すなわち、高齢化に伴い通院困難あるいは入院透析が増加、併存疾患の増加および多様化、またサルコペニアやフレイルのリスクが増大。これらの因子の影響度が患者個々で異なるため、従来の画一的な透析療法では対処しきれない状況が現出しているためです。加えて、疾患を問わず人生の最終段階において本人の生き方を尊重するアプローチが重視されるようになってきており、透析療法についても開始/継続に関する意思決定プロセスのあり方が議論の俎上に載せられています2)。
糖尿病領域における個別化医療
酒井 糖尿病領域では医療の個別化が進んでいる印象がありますが、いかがでしょうか。
税所 日本糖尿病学会では2020年の第4次「対糖尿病戦略5ヵ年計画」3)の中で「1,000 万とおりの個別化医療構築に向けたアプローチ」を提唱しています。その理由として、例えばインスリン療法ひとつ取り上げても、種類、回数、注射時間、単位数など多岐にわたること、また生活習慣、患者の嗜好、人生観などを考慮した薬物療法、食事/運動療法を行うことから、全く同一の治療を受ける患者は一人もいないという実態があります。なお「1,000万とおりの」というスローガンはPatient-centered approachと同義であり、米国糖尿病協会(ADA)と欧州糖尿病学会(EASD)による2型糖尿病の高血糖管理に関する2022年版コンセンサスレポート4)でもこの考え方が重視されています。
一方で、治療目標は個別化医療においても同様に合併症の抑制とQOLの向上に置かれていますが、達成過程における患者との対話を通じて図3の左側に示した要素を勘案しながら最適解を求める、つまり「1か0ではなく、その間を目指す」ところが特徴といえます。
酒井 血糖降下薬の種類が豊富な点も糖尿病領域における個別化医療の実現の可能性を高める要因だと思われます。ただ勘案すべき要素の多さを考え合わせますと、治療方針を決めるには時間がかかりそうですね。
税所 おっしゃるとおりです。その対策として当クリニックでは予約制を取っており、血糖変動や摂取した食事に関するデータを、スマートフォンアプリケーションなどを活用して事前に入手し、患者さんが来院する前に確認しています。スタッフが解析した結果をみながら患者さんとともに治療方針を決定するようにしています。
透析療法における個別化医療のポイント
酒井 透析療法における個別化医療を実践する上で、当該患者が現在の透析療法をどのように捉えているか、どのようなニーズを持っているかを知っておくことも重要です。この点について、日本透析医会の血液透析患者実態調査検討ワーキンググループが「2021年度 血液透析患者実態調査報告書」5)を公表しています。この調査では血液透析患者に、現在の自分が受ける透析治療において、大切と考えること、優先して欲しいことについて優先順位の高いものを21項目から順に3つ選でもらいました。図4がその結果です。「長生きしたい」を最優先とした割合が23.2 %で最多であり、次いで「良いシャントを維持したい」「透析時間を短くしてほしい」という順でした。では個別化医療を実現するには、より多くの患者ニーズを優先して考慮すればよいかというとそうではなく、たとえこの調査での回答割合が低いものであっても、それが当該患者にとって重要なニーズであるならば優先して反映すべきだと考えています。
ー管理目標値の設定
もうひとつの重要なポイントは、税所先生が糖尿病治療の個別化について述べられたように「1か0ではなく、その間を目指す」ということです。例えばCKD-MBDの診療ガイドライン6)には血清中のリン(P)値、補正Ca値、PTH値の推奨管理目標値が示されていますが、いずれも幅を持たせてあります。ちなみに2019年12月31日時点での管理目標値の達成率は、血清P値が66.2%、血清補正Ca値が80.2%、両方とも達成した割合は54.1%と報告されています7)。至適値はいくつかという議論もあり、この点を明らかにするための臨床研究8)も行われていますが、むしろ透析療法における個別化医療を実現するという意味においては、この幅の中で個々の患者にとっての最適値を模索する対応こそが求められるアプローチではないでしょうか。
税所 糖尿病領域ではHbA1cが代表的な管理指標であり、最適値を模索する上でコントロール目標値を分けて設置する、いわゆる6.0、7.0、8.0%方式が提唱されています9)。その背景として、心血管疾患または心血管疾患リスク因子を有する2型糖尿病患者を対象に、HbA1cを正常範囲に低下させる強化療法の心血管イベント減少効果を標準療法と比較したACCORD研究10)があります。この研究は強化療法群で低血糖イベントに伴う死亡リスクが高じたことで中止となりました。もちろん当時と現在とでは臨床応用可能な血糖降下薬が異なりますが、いずれにしても低血糖イベントの回避が重視されるきっかけとなっています。6.0、7.0、8.0%方式に戻りますと、治療目標は年齢、罹病期間、臓器障害、低血糖の危険性、サポート体制などを考慮して個別に設定するという注釈があり9)、これに従って設定した個々の患者のHbA1cをプロットすると、6.0から8.0%の間にバラバラに分布します。つまり6.0、7.0、8.0%といった区切りの数値に集中するわけではなく、患者ごとに管理目標値が異なるということです。
酒井 治療ゴールのサロゲートマーカーとしての管理目標値には範囲が設けられており、範囲内で最適解を見つけるというのは、糖尿病でも透析でも共通の個別化医療のアプローチだということがわかります。
ー食事療法について
食事療法も個別化医療の重要なポイントですが、食事は人間の本質の一部であり、どのように個別化するかが悩ましい点です。慢性腎臓病に対する食事療法基準2014年版11)では、ステージ3b以降はたんぱく質を0.6~0.8g/kg標準体重/日、エネルギーは25~35kcal/kg標準体重/日で指導します。血液透析患者についてはそれぞれ0.9~1.2g/kg標準体重/日、30~35kcal/kg標準体重/日としていますが、標準体重はBMI=22kg/m2を目標とするが、それぞれの目標値は性別、年齢、合併症、身体活動度により異なるという注釈が付記されています。実臨床においても摂取たんぱく質、年齢、患者背景によりエネルギー摂取量の目安を個々に算出し勧めています。新たに透析導入した患者さんではこれまで制限されていたたんぱく質を透析導入後は積極的に摂取しなければならず、どのようにして保存期腎不全と透析期との連続性を保つかが難しいポイントです。当病院では糖尿病と腎臓病の中間の食事としてたんぱく質約45g、1,600~1,800kcalの糖腎食を提供しています。
税所 食事に関する糖尿病患者の自己管理は容易ではなく、生活の中でも実行可能な方法を工夫する必要があると感じています。当クリニックではPersonal Health Record(PHR)を可能にするスマートフォンアプリケーションを活用しています。血糖値や血圧、体重、食事や運動の内容が記録でき、また患者さんに食事の写真を毎回撮影してもらって栄養士が確認し、栄養指導に活かすことができます。自分で写真を撮影することによって、食事の量や避けるべき食材などを意識して行動変容に繋げるという利点もあります。
透析導入に至らないよう防止するのが糖尿病専門医の重要な役割のひとつですので、移行期には腎臓専門医と連携して当該患者にふさわしい食事療法を指導しなければならないと考えています。当クリニックではクレアチニン値が2.0mg/dLを超えた段階で、両科で併診する体制を取っています。
ー共同意思決定(SDM)
酒井 糖尿病専門医、腎臓専門医間の連携というお話が出ました。疾患領域を問わず、治療方針についての患者さんと医療従事者による共同意思決定(Shared Decision Making:SDM)がクローズアップされており、個別化医療とは切っても切り離せないアプローチだと考えています。税所先生のお話では、事前に入手したデータをスタッフが解析して患者さんとともに治療方針を決めているというお話でした。
税所 先ほど述べましたように、糖尿病の領域ではPatient-centered approachが重視されており、SDMはその具体的な手段となっています。当クリニックでは糖尿病療養指導士や管理栄養士などが適切な指導を行う形で関与していますが、実践において患者さんの意思が反映されないのであれば個別化医療とはいえません。
酒井 目標値が患者さんにあって主治医側の提案に納得しないようであれば、良好なアウトカムは期待できませんね。
税所 糖尿病で最も回避すべき点は治療の中断です。治療が中断されると一気に合併症が進んでしまいますので、個別化医療はこれを回避する上でも有用です。
酒井 私見ですが、透析における個別化医療の実践力は主治医の経験値に負うところが大きいと考えています。若いうちは誰もが経験に乏しく、診療ガイドラインを介して患者さんと対立軸を形成しがちです。しかしさまざまな経験を積むうちに患者さんとの良好な関係性を構築できるようになり、個別化医療の実践力が高じるのではないでしょうか。
透析患者に対する個別化医療の将来展望
酒井 個別化医療をテーマに先行している糖尿病領域での状況を税所先生にご解説いただき、参考としながらディスカッションしてきました。透析の場合、管理指標のいずれかを達成あるいは達成不可能の場合、その次に何を行うかといったアルゴリズムが作成しづらい状況にあり、日々試行錯誤を繰り返すというのが診療の実態です。しかしながら、それゆえ個別化医療の実践が不可欠な領域ともいえます。
現時点での透析療法の主体が血液透析である状況を反映して話題も血液透析が対象となりました。本領域での個別化医療の将来を展望した場合に、腎代替療法という観点に立てば糖尿病における血糖降下薬の種類に匹敵する数の手段が存在することに気づきます。すなわち腎移植、腹膜透析、在宅血液透析、あるいは施設血液透析であり、場合によっては透析療法を受けないという選択肢もありうるということです。
また透析療法の個別化を実践するに当たっては、ベッドサイドでの患者ニーズの聴き取りや、透析処方の最適化に資するデータのフィードバックなどは透析室スタッフの協力が不可欠となります。最後にこのことをよく確認しておきたいと思います。
- 1)
- 日本透析医学会「わが国の慢性透析療法の現況(2023 年12月31日現在)」透析会誌2024; 57(12): 543-620
- 2)
- 日本透析医学会「透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」透析会誌2020; 53(4): 173-217
- 3)
- 日本糖尿病学会 第4次「対糖尿病戦略5ヵ年計画」
- 4)
- Davies MJ, et al. Diabetes Care 2022; 45(11): 2753-2786
- 5)
- 日本透析医会「2021年度 血液透析患者実態調査報告書」透析会誌 別冊2022 Vol.37 No.2
- 6)
- 日本透析医学会「慢性腎臓病に伴う骨・ミネラル代謝異常の診療ガイドライン」日透析医会誌2012; 45(4): 301-356
- 7)
- 日本透析医学会「わが国の慢性透析療法の現況(2019年12月31日現在)」透析会誌2020; 53(12): 579-632
- 8)
- Isaka Y, et al. J Am Soc Nephrol 2021; 32(3): 723-735(本試験はキッセイ薬品工業株式会社の資金提供により実施された)
- 9)
- 日本糖尿病学会編・著 糖尿病治療ガイド2022-2023 p34文光堂 2024
- 10)
- ACCORD Study Group. N Engl J Med 2008; 358(24): 2545-2559
- 11)
- 日本腎臓学会編「慢性腎臓病に対する食事療法基準 2014年版」日腎会誌2014; 56(5): 553‒599