日本排尿機能学会から公表された最新の疫学調査1)では、過活動膀胱(OAB)の有病率は40歳台以上で13.8%と報告されており、1,080万人もの方が日常生活に何らかの支障をきたしています。一方、女性の下部尿路症状(LUTS)を考える上で閉経関連泌尿生殖器症候群(Genitourinary Syndrome of Menopause:GSM)という新たな概念が提唱されており、診療科を超えた新たな視点からのアプローチが重要視されています。今回は、泌尿器科のエキスパートとして排尿障害・尿失禁などに造詣の深い日本大学の髙橋悟先生と、わが国におけるウロギネコロジーの先駆者のお一人で、産婦人科医のお立場から女性の下部尿路診療に取り組んでおられる三井記念病院の中田真木先生にご対談いただきました。
髙橋 本日は「Female LUTSの悩みに向き合う医療の実現」をテーマに、ウロギネコロジーの第一人者でいらっしゃる中田真木先生とともに、女性の泌尿器科診療のこれからの課題について考えて参ります。
まず本邦における女性の下部尿路障害の実態について、日本排尿機能学会が2023年に実施した大規模疫学調査の結果1)で確認しましょう。本調査におけるOABの有病率は40歳以上が13.8%であり、女性は11.0%でした。2002年に実施した同様の疫学調査の結果2)では40歳以上のOAB有病率は12.4%でしたから、わずかに増加しています。また、本調査では20歳台、30歳台も調査対象としましたが、驚くことに20歳以上の有病率が11.9%でした(図1)。
さらにLUTSの有病率と患者行動の調査結果では、全体の受診率は16.0%であり、男性が20.3%であるのに対して女性は9.9%と、前回の調査結果とほとんど変わりません。この点について、LUTSの患者さんが医療機関を受診しない理由をお聞きした2021年の調査結果3)によると「大した症状ではないから」「年のせいだから」が男女ともに高率でしたが、「恥ずかしいから」が女性において非常に多いことが示されています。中田先生はこの結果にどのような感想をお持ちになりましたか。
中田 女性の受診率が低いのはお示しいただいた理由だけではないと思います。実際に婦人科で相談をされても「それは年のせいだから」といわれたり、精査されずに泌尿器科に紹介されたままだったりということがあるように思います。やはり、患者さんにとって信頼できる医師がいないと受診行動にはつながらないと思います。
髙橋 患者さんの「受け皿」がないとも捉えられますね。
髙橋 最近、女性のLUTSに関してGSMという概念が提唱されています。どのような考え方なのか、ご解説をお願いします。
中田 GSMの端緒となったのは、外陰腟萎縮(vulvovaginal atrophy:VVA)が閉経後女性のQOLを著しく低下させるとの指摘にあります。萎縮という単に組織学的な理解にとどまらず、VVAに伴う機能障害を包括する概念が必要であることから、2014年にGSMという用語が誕生しました4)。
GSMの病態には粘膜の老化とエストロゲンの減少が深く関与し、異変の所在は腟から外陰部にまたがります。指標となる症状は、腟・外陰部の症状、性生活関連の症状、下部尿路の主に刺激症状であり、OAB様の症状が混在することもあります。これらの症状の少なくとも1つを訴えて医療機関を受診されること、症状がQOLの低下をきたしていること、そしてGSM以外の疾患では適切な説明ができないものと定義されています。GSMでは機能障害を含めて包括的に、より効果的なマネジメントを追求することになります。
髙橋 GSMの発症にエストロゲンの低下は大きく関係するのですか。
中田 GSMは閉経するとエストロゲン低下によって発症するというような単純なものではありません。下部尿路刺激症状や尿道機能の不安定化があると尿漏れをきたし、腟内に入りこんだ尿は腟炎や外陰炎を引き起こします。それが刺激症状の憎悪や悪臭、帯下や出血、さらには外陰部の違和感や疼痛の発現につながるというような悪循環に陥ります。ですから、単にエストロゲンを補充することで治癒するというような単純な病態ではありません。
髙橋 GSMの実態について調査されたデータをご紹介いただきます。
中田 一般女性が自覚している外陰・腟・下部尿路症状について、40歳から90歳までの日本人女性10,000人(平均年齢:55.9±9.4歳)を対象に実施された調査結果5)を紹介します。回答者が気にする症状で最も多かったのが尿失禁(21.7%)であり、次いで頻尿(20.0%)、かゆみ(16.5%)でした。また、sexually activeの2,518人における性交痛の訴えが20.6%にありました(図2)。本調査は閉経後だけでなく閉経前の女性も調査対象としていますが、閉経後女性は性器症状が低率であった反面、閉経前女性では性器症状の中でにおいやかゆみの訴えが多く、またLUTSについては尿失禁がいずれの年代にも多いことが示されました。
髙橋 泌尿器科でも日本性機能学会でVVAに関する調査を行った6)のですが、40歳台にも外陰部痛あるいは外陰部乾燥が見られ、その有病率には年齢との関連は見られませんでした。ですから、これらやかゆみをGSMの範疇に入れてよいのか疑問に思ったのですが、先生はどのようにお考えになりますか。
中田 40歳台の女性の大半は月経があるので、一定割合は生理用品の使用によるかゆみを抱えています。調査は医師が直接診察したものではないので、生理用品によるかゆみを外陰部の痛みや乾燥感といった症状に当てはめて回答されている可能性があります。いずれにしてもわれわれがLUTSを論ずるときは腟の状態を問題にしますから、腟の外側で感じる症状とは分けて考える必要があります。
髙橋 泌尿器科の疫学調査では性行為の有無も検討しており、40歳以上の女性で性行為のある人の割合は22%、GSMの有病率は性行為のある女性で31.7%、ない女性で5.9%でした。また、性行為のある群では有病率が年齢とともに増加していました6)。わが国のGSMの有病率が海外諸国に比して低いのはsexually activeの方が少ないからだと解釈しています。
中田 おっしゃるとおりです。われわれ婦人科医は診察の際に腟鏡を用いるので、患者さんの訴える症状が腟そのものの症状なのかどうかがわかるのですが、泌尿器科の先生には、かゆみなどの症状と排尿とは少し離して診ていただくとよいと思います。
髙橋 GSMの指標となる症状にLUTSをお示しいただきましたが、そのすべてをGSMとリンクさせてもよいのでしょうか。なぜなら男性にもLUTSがあります。
中田 女性のLUTSのすべてがGSMとリンクするわけではないと思います。ただ、男性のLUTSは前立腺の物理的な影響と前立腺で起こっている炎症が尿道に影響していますので、女性も同様に尿道に接している腟の血流や炎症の影響がないとはいえません。
髙橋 尿路感染症を繰り返して起こすこともGSMのひとつの特徴だと思うのですが、その点についてはどのようにお考えですか。
中田 それについては私の見解は異なります。私たちは尿路感染症の鑑別が必要なLUTSを訴える患者さんの診察時に、まずは膀胱から導尿して検査をします。というのも、尿路感染症を繰り返す方の中には、導尿による尿所見では異常はみられないにもかかわらず、通常の尿検査では尿路感染を認める、つまり腟内の汚れが症状の原因となっている方が非常に多くいらっしゃるからです。
髙橋 GSMはひとつの病因論として定義されるのではなく、閉経前後のLUTSを有する患者さんを包括的に診る診療上の括りといえると思います。OABのように診療上のカテゴリーとして生まれた新しい症状症候群とも考えられます。
泌尿器科の疫学調査7)で興味深かったのが「尿の出にくさ」です。今までは男性の特徴的な症状と括っていたのですが、女性にも多いのです。しかもVVA症状と相関する症状は、日中の頻尿、切迫感、尿の出にくさ、残尿感でした。ですから、陰部の不快な感覚とGSMが関係していて、それらがLUTSとクロスオーバーしているように見えます。
中田 GSMから学ぶものは非常に多いですが、現在提唱されているGSMだけでは女性の下部尿路の問題を整理しきれません。OABも同様でひとつの症状症候群ですから、何が原因なのか、医学的なアプローチを変える必要があるかもしれません。骨盤内には多くの下部尿路機能障害の原因がありますから、女性のLUTSをOABに一括りにすることには疑問があります。
髙橋 OABは骨盤臓器脱という女性特有の解剖学的な問題や、生理学的・内分泌環境の変化とも密接に関係しています。GSMという新しい概念が生まれ、婦人科と泌尿器科が同じ土俵で患者さんを診るきっかけが示されたということでも非常に意義があります。
髙橋 GSMのマネジメントについて、先生のお考えをお教えください。
中田 最近10年間ほど腟のレーザーリサーフェシングが話題になっています。これは皮膚の光老化にAFLR(Ablative fractional laser resurfacing)などのレーザー光による介入が有効であることから、腟粘膜の劣化・老化に対する効果を期待しているものです。ただ、レーザー療法についてはほとんどエビデンスが積み上がらず、米国や欧州の専門的な学会は推奨していません8-11)。
生活指導については、尿が症状発現の原因とならないように吸水パッドの活用などによる粘膜保護や清拭などがあります。エストロゲンの腟内投与も有効ですが、粘膜の代謝が活性化され違和感やLUTSが軽減するには、何週間もかかることが多い。腟粘膜の老化・劣化を抑える長期的なエストロゲン補充には全身投与の方がよいこともあります。
髙橋 エストロゲンを補充することでLUTSは改善しますか。
中田 エストロゲンは腟粘膜上皮を活性化させても、固有層の毛細血管の減少や線維化に働きかける作用がないので、LUTSへの速効性は期待できません。また、ホルモン補充に関して、一般女性にはホルモン剤に心理的抵抗がありますし、泌尿器科の先生方にも扱いにくさがあると思います。ホルモン補充による治療を正しく受け入れてもらうためには努力が必要です。
髙橋 エストロゲンの腟錠を処方しても、ときどき胸が張るとおっしゃる方や、不正出血を訴える方がいらっしゃいます。患者さん個々で感受性が異なると考えられますが、ホルモンによる治療での注意点をお教えください。
中田 特に高齢の方はup regulationがかかっているので、ホルモン剤の使い始めの時には強く反応してしまいます。そのため、私はエストロゲンの隔日投与から開始して徐々に増量するようにしています。また乳がんの治療歴がある方で抗エストロゲン製剤を使用している場合には、たとえ腟内投与であってもエストロゲンは使用しないという原則があります。そのような情報も整理して泌尿器科の先生方にもご提供できればよいと考えています。OABの患者さんにいきなりエストロゲンを投与するようなことはないと思いますが、女性のLUTSを診る際には腟鏡で腟内を見ていただいて、萎縮性腟炎になっているようならまずそれを治療することが必要だと思います。
髙橋 GSMの関与があるときには包括的に介入するということですね。そのような観点からGSMは、患者さんを見つけるための新しい方法論的なもので、いくつもの症状を持っている方を診るきっかけにしようという症状症候群の提案といえます。
中田 FLUTS(Female lower urinary tract symptom)といいますが、Female genitourinary symptomという捉え方が必要だと思います。
髙橋 子宮筋腫があると頻尿になるとよくいわれますが、筋腫の大きさと頻尿は関係しますか。
中田 子宮筋腫は炎症ではなくあくまでも物理的なものですから、筋腫の大きさと形が頻尿と関係すると思います。
子宮筋腫による周囲の圧迫を最も把握できるのが触診で、次に診察において有用なのが問診です。子宮筋腫がある場合、排尿の具合が悪い方は多くいらっしゃるのに、ご本人からの訴えはあまりありません。そこで、問診で詳しくお聞きすると「いきめば出ます」とおっしゃる方、さらには「お腹を押さえると出ます」といわれる方がいらっしゃるのです。患者さんの中にはそのような状態を放置されたり、上から押さえれば出るから大丈夫と思っている方がいらっしゃいます。その状態を放置したままにしておくと、子宮筋腫の治療後に尿失禁をきたすなどさまざまな症状の発現につながってしまいます。ですから問診で「いきまないと出ないですか、お腹を手で押さないと出ないということはないですか」、あるいは「夜間に何回かトイレに行くことはないですか」というような質問をします。たとえば30~40歳台で夜間に2回トイレに起きるという訴えがあれば、子宮筋腫の影響が考えられるので、その場合には排尿を記録していただいて問題の有無を確認します。
髙橋 子宮筋腫は閉経後に縮小するのですか。
中田 子宮は確実に小さくなりますが、子宮筋腫は小さくなったり変わらなかったり、さまざまです。特に筋腫が石灰化・線維化していると、閉経後に縮小することはありません。多くの女性は閉経すると子宮筋腫は問題なくなると考えていますが、子宮が少し小さくなっても、骨盤底の子宮の周りで子宮を支えている支持組織も脆弱化してきます。そうすると、子宮筋腫である程度大きくなった子宮が閉経後に骨盤内に嵌り込んで臓器脱を起こすなど、以降の治療が容易でなくなることも起こります。患者さんにはそのようなことも含めてきちんと説明する必要があります。
髙橋 子宮内膜症についてはいかがでしょう。子宮内膜症があると頻尿になることは多いですか。
中田 子宮内膜症の患者さんで頻尿を訴える方は一部だと思います。子宮内膜症は、ダグラス窩など子宮の後ろ側にあることが圧倒的に多く、膀胱からは離れています。
髙橋 子宮内膜症の方が頻尿になりやすい、あるいはOABに類似した症状をきたすことはないということですね。
中田 健康な女性でも生理の間はトイレが近くなるというような方が多くいらっしゃいます。膀胱が子宮の炎症に影響を受けるのは普通の現象です。
中田 Female LUTSについて、泌尿器科のエキスパートでいらっしゃる髙橋先生と非常に有意義な意見交換ができました。GSMについては検討の余地が多分にありますが、GSMの症状でお悩みの患者さんが、婦人科と泌尿器科のいずれを受診されても適切な診療によってよい結果が得られるようにしたいです。
髙橋 中田先生からGSMの概念についてお教えいただきました。婦人科と泌尿器科の先生方が同じような尺度で包括的にPelvic health、すなわち閉経以降の女性の骨盤の健康を診ていくためにGSMがそのきっかけになればよいと思います。本日はGSMという新しい概念を中心に、女性のLUTSに向き合う際の重要なポイントと、泌尿器科・婦人科の連携が女性患者さんのQOL向上に寄与することを明らかにしていただきました。ありがとうございました。
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